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俺っち故郷の自転車史概観。

2008.03.04
タイトルが堅い、う~ん昔は俺っち硬派だった、でも安心してな今は歳老いてコロちゃんよ、あんたの甘い言葉にコロ、泣き言聞けばコロ、そよ風にもなびく枯れすすき、気安く声かけて大丈夫だ~ぃ。

俺っち生まれ育った八王子市はその昔開催された、東京オリンピックの自転車競技会場。Eeeラントイレ休憩場所の綾南公園内にピスト競技の仮設バンク、甲州街道多摩御陵入口信号脇がロードレース発着点だった。故郷八王子市は三方向が山で囲まれた立地、自転車で走る環境として適しており、その昔自転車を楽しんでいた若者達に足自慢が多かった。地元自転車店の主の呼びかけから足自慢たちが結集、東京オリンピックに仲間を送り出そうの合言葉のもと大同団結、八王子自転車競技会が誕生俺っち競技経験浅かったが、年上だったことから会長のもとで選手のまとめ役を依頼された。最初ぎくしゃくしてたチームも、走りを楽しみ目標打倒MCCに求めたので、結束に時間はかからなかった。

当時東京の自転車競技は三田の山王スポーツに集うMCC(港サイクリングクラブ)の最盛期、高級車で華麗に走る都心の選手たちは、我々田舎の若者たちにとって羨望の的だった。自転車では敵わないが足で勝負の心意気で打倒MCCで燃えに燃えた青春期、団結の力実り東京都民大会連覇中のMCCを撃破、以後団体6連勝を達成、オリンピックにもピスト競技1人、ロード競技1人計2名が出場、八王子チームの全盛期を迎えた。

ところが東京オリンピック閉幕以後クラブ活動急凋落、やがて消滅は若者共の夢の跡も撤去公園に変貌、走り馴染んだ道路も高度成長時代車社会を迎え大変貌、昔の面影残す場所もあと僅かとなってしまった。俺っち独り細々と続けたサイクリングが、その後開花するまでは長~い時間がかかることになる。

MCCの基礎をつくり今日のスポーツサイクル隆盛させた恩人山王スポーツ社長、ちょうびん(長敏)さんと呼ばれ、数多くのサイクリストに尊敬され親しまれた高橋長敏氏、八王子自転車クラブ結成をy呼び掛けた自転車店主もすでに亡くなり、会長もまた昨年末に他界してしまった、となると次は俺っちと考えるのが順当、で俺っちに出来る残された仕事は何か…たら思いついたのが忍者の庵だった。(この項続く)
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