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84歳半で我が人生を振り返る

2019.12.30
あと2日で新しい年2020年を迎え、S10西暦で1935年7月4日八王子生まれの俺っち、新年で丁度満84歳半になる。

第2次世界大戦中の物資が無い時代、親父が買ってくれた子供の2輪車が気に入り、以後自転車大好き人間となった少年期。戦争終結する直前8月1日の未明、人口75000人の我が市内はB29の編隊169機に空襲され、1558tの焼夷弾を投下されたが、これは1人当たり10本の焼夷弾が落とされたこと、ほぼ全市域が焼失してしまい我が家も同じく、よくぞ無事生き残ったものよが実感。手先器用な親父がすぐ焼け跡に掘建小屋建て、親父と共に住むことに相成ったが、母と弟妹達は祖母の故郷元八王子村に移住となった。

続いて8月6日広島、8月9日長崎と相次ぎ原子爆弾が投下され終戦、食べ盛りの少学4年生で食べ物無く、育ち盛りの少年期に飢えてたので、俺っち世代皆んな仲良くチッビッコよ。

青年期日本民族に活気をで目指した宗教、教育の現場が目標と僧侶と教師を目指して、高校飛ばして立正大学に入学するも、学友寺院子弟の無気力さに嫌気、宗教なんて無用と判断し教師一本縛り、憧れ北海道の教員試験は合格するも、縁故伝手が皆無で名簿有効期間1年はあっという間に去り、折から東京オリンピック開催決まり、八王子市内が自転車競技の会場に決まり、地元から代表選手選出の機運盛り上がり、地元関係者の熱い思いを実現させてやれと燃え、地元で組織したクラブから2名、オリンピック選手を誕生させて目的達成。

大学卒業後開業し順調だった写真現像所、モノクロ写真がカラー写真時代になってくると、俺っち工房ではカラー写真の処理ができず、工房のカラー化には膨大な資金が必要で無理、で思いついた仕事が大好きな自転車の販売、と言っても普通自転車は扱わずスポーツ用に特化、スポーツ自転車専門店の開祖となり、自転車修理もできず走るだけだったのに、なるしまフレンドを知名度日本一の自転車屋にしたのは、限りない情熱の為せる技と考えている。

ただただ夢中で突進すれば道は必ず、開かれるのではと俺っちは考えている。何事も情熱待って取り組むことが何よりと思う。俺っちはもう年老いたのでなり代わり、頑張って下され続く世代の人々よ!
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