チューブラータイヤ最高じゃ
2015.10.28
俺っち根っからのチューブラー愛好者、この数年間で5万km以上走行して、パンク体験は後輪2回で前輪なし、元々非力なのに加齢で更に非力になって、使用後でゆるくなってるタイヤすら嵌合できず、タイヤ交換は無理と判断スペアタイヤ持たずのツーリング。パンクしたらタクシー,バス、鉄道輪行でサイクルショップに向かうことに決めていた。これまで2回のパンク体験は1回目は長野県下、近くの駅まで輪行袋転がし歩いて、ショップのある店まで向かうつもりで、輪行袋に自転車収納してたら、何処ぞから車で俺っち作業眺めながら帰宅した隣家の主に、『どうされましたか』と聞かれ『パンクしたので電車に乗って自転車屋まで行くの』と言うと、『何処の』『街中の』問答あり送ってあげますとなり、10km程の距離送って戴き、親切に甘えその後今でも時折交流がある。
残る1回は人家もまばらな北海道でのこと、富良野から100km程走行あと10数kmで宿到着と思ったらパンク、直前で草生えた舗装路面が割れ衝撃受け、タイヤ側面僅かに傷が生じスローパンク,幸い暫く歩くとコンビ二やれ嬉しやと、電話帳でタクシー会社番号探し、コンビニに入る女性客と目が合い挨拶、出て来た彼女に如何されたのと問われ,委細伝えると通り道なので宿まで送りますの天の声、車内であれこれ話しながら宿前まで送って頂いたのは昨年の事。天使の出現は有難かったな。
宿着いてからが大変で東京へ電話サイクルショップ探すも、近在にショップ見当たらずはて札幌まで?と、覚悟決めたら木古内支部員から室蘭にある情報届き、翌日輪行室蘭の店でチューブラタイヤ交換完了。店主に道内ではチューブラー在庫店僅少なので、常時携帯し店で取替依頼すべきと忠告された。
交換タイヤ持参は荷物になり有難くない、そこで考えたのが大嫌いだが、後輪だけGOKISOにクリンチャーホイール発注、その後クリンチャー後輪での走り続き、数日前3度目のパンク一応自分で直す事できるたが6500km走り、タイヤ2回交換パンク3回はコンチ4000BRの強度とは雲泥の差だな。
最近はず〜と前輪チューブラー後輪クリンチャー仕様で走行してたが、道内走行以外は前後コンチ4000BRに戻すつもり、永年親しんでるチューブラーの走行感は快適だもん。パンク自分で直せても強度不足のクリンチャーは嫌じゃ。
スポンサーサイト
次回の旅計画詳報
2015.10.26
29日朝一のJAL便に神さん同伴して搭乗、企画した椎葉村スロー合宿に参加する。80歳を迎えても元気に走り回ってる俺っち、8歳年下の神さんも元気であるが、やはり何日も続く旅はキツいと泣きが入って、全行程同行は無理と判断され椎葉合宿3日目で単独帰京する事に決まった。11泊12日となる俺っち旅後半の6泊7日は独り旅となってしまった。全行程は初日熊本空港から神さんバス、俺っち自走で向かうは熊本県山都町通潤山荘泊まり、翌日30日午前中周辺観光を楽しみ、俺っち自走神さんバスと宿の送迎車で、宮崎県五ヶ瀬町Hフォレストピア泊まり。3日目31日は神さんタクシー俺っち自走で、合宿初日の椎葉村陣屋の里へ向かって、それぞれの手段で集まる皆と合流する事になる。
11月3日までの椎葉村合宿を終え,高千穂から残る九州未走の県大分県を走り抜け、関門海峡から山口、広島県を抜け島根県益田支部へ向かう計画たてながら、大分から三段峡への1日での移動が無理と分かり、改めて高千穂からのコースを再検討、合宿終了後の4日日向まで自走しJR特急日輪、ソニック乗継ぎ宇佐まで向かってHリバーサイド泊まり。5日小倉まで自走後新幹線で徳山へ直行サンルート徳山で、翌6日山口県から広島県へ自走を続け三段峡温泉で宿泊、一夜温泉で疲労癒し翌朝島根県益田支部目指し、益田市内での宿はサンパレス益田に連泊します。
最初の計画では連泊後9日から、鳥取、岡山、兵庫、京都、福井各府県に泊まり自走を続け、翌週日曜日同業クエスト日進のイベントに参加琵琶湖を周回し23泊する、裏日本縦走した7年前と同じ宿泊数の長旅だった、ところが傘寿を迎えたのを節目に、人生最後の同窓会としたいという中学校同期生同窓会の知らせ舞込み、出席して級友と顔合わせが優先だろと考え、ツアー後半を組直し9日急遽帰京して10日同窓会出席を決めた。
結局今回の宮崎県椎葉村から、島根県益田に向かう旅は8泊9日で終了。一度帰宅して13日再出発小田原まで自走後、新幹線輪行で岐阜羽島まで向かって、翌14日滋賀県長浜入りで一泊琵琶湖周回イベント走り終え、福井県敦賀まで輪行して15日市内泊まりの翌16日は同県大飯郡Hうみんぴあ泊まり。翌17日は京都府福知山、18日姫路市内コンフォートH、19日鳥取駅前Hに泊まり、翌日20日岡山市内まで向かいレガロH宿泊で全県走行宿泊を達成。8泊9日目標達成駆け足ラン状態で年頭にたてた、全県宿泊走破する計画は1ヶ月残し余裕で完了となる。
10/17 旅最終日は大阪から
2015.10.19
予報では関東地方雨模様だが大阪は、朝から雲一つない青空広がり快晴、午後から崩れるとは言ってるけど信じられん良い天気。さして遠くないはずなので、ホテルから新大阪駅まで輪行袋転がしの徒歩移動も考えたが自走、駅で再度輪行袋に収納し朝から混合う駅ホームへ向かった。新幹線車両編成自由席は1〜5号車、東京に向かう下りでは最後部からの5両が自由席、俺っち場合はデッキ乗車なので指定席であってもフリー、なるべく乗降客の迷惑かけないようにと考えると、最前部か最後尾になるが駅ホームは普通中央部分が出入口、で最遠方ホーム端からの歩行移動で大変だが、輪行袋が後輪外さない方法そうです、日野正平ちゃんの担いでる袋と同じ、担ぐは重いとチャック若干開けて後輪回転させ、旅行用スーツケース転がすと同じ要領で使用してる。
いつも1号車デッキが俺っち指定席で本日利用はひかり、始発で車内乗客1割ほど狭い先頭車両に輪行袋留置き、降車口の変動で左右に動かすより、座席後方に輪行袋収納腰掛けた方が、乗降客に迷惑かからんと考え、座席に腰掛けた睡魔に抵抗もいつしかひと眠り。目覚め気づくとそこそこ乗客増加、名古屋過ぎてたので次停車駅が小田原、デッキに移動する必要もなかろうとそのまま、小田原で降車東海道線に乗換国府津、うな和に電話自走店へ向かうと待受けた匠主に歓待され昼食。
走りたいでしょうが今日は是非とも送らせて欲しいと言われ、修理中のマイカー届くを暫く待ち送迎受け、途中秦野の老舗菓子店に立寄り、名代の銘菓のお土産まで頂戴し圏央道ドライブ楽しみ帰宅。ふと立寄りうな重食べたのが縁で、これほど親密な仲になるのも縁、神さんから俺っち裏話聞き大喜びされ、ミニベロで追分まで先導し圏央道高尾IC方面を案内した。かって大型バイククラブリーダーだった匠職人に、バイシクルクラブリーダーの俺っちが自分の鏡のように映るのかもとふと思った。うな爺今日は楽しいひと時ありがとう。
以上のようなわけで本日の自走距離、ホテルから新大阪駅までと国府津駅からうな和店舗までたったの1.6kmだけ。今回の5泊6日のサイクルツアーで愛知、三重、奈良、和歌山各県と大阪府を通り抜けるだけの旅で終わってしまったが、日本国内全県に宿泊走行する本年度計画、今回のツアー終えほぼ8割方目標が達成でき、残るは10府県のみとなり85歳までの5年間で500泊計画の方も40泊達成となった。大和民族末裔老爺の挑戦は命尽きるまで、熱く続きますので期待して下され。
10/16 和歌山から大阪へ
2015.10.17
10時直前チェックアウト入口で自転車組立、本日走る国道26は駅前から、ホテルからすぐで探す手間なし、距離も75km前2日と比べ2割以上短いので、のんびり走るつもり、コースも最初から国道26で大阪まで直行なので、地図読み込む必要もなしと安易に考えていた。ホテルでると間もなく和歌山城前じゃん、時間は充分あるので素通りはなかろうと、予定外の和歌山城見物の1時間道草、さすが遠くにそびえる天守閣までは行かなかったけど、城内周るだけでも、徳川御三家筆頭紀州藩の居城だったので大きいわ。この国道市内抜けるまで自転車進入禁止の立体交差、何回あったか数知れずとても甲府の比じゃなかった。紀ノ川越える長い橋渡る直前回廊階段通ったが、車道の自動車洪水状態眺めると、自転車通行禁止は当然と理解できる。車の通行量多く路面荒れてて、まず走りたくない道路、昨日後半の力走で疲労持ち越したか気力いまいちに、道路わきの中華店で昼食とする。
店先に自転車留置き安全と判断して選択した店だったが、ちょうど昼時店内満員もカウンター片隅に辛うじて空席あり、焼きそばセット注文するも、焼きそば大盛にギブアップ+小焼飯全残し、女将の親切心パックにしますよを固辞、朝食バイキングりんごとマンゴー数切れ、ミネストローネスープにプチパン1け腹減ってたはずも、食べきるは到底無理だった。
走りにくいので歩道走行続けたりしてAV上がらず、途中見かけた池上曽根史跡公園に立寄り、弥生時代の復元住居写真撮りしたりで、思いがけず時間掛かり大阪中心部に近づく、夕暮れになり道路混雑更にひどくなる。決めつけは新大阪駅へ向かうラスト難関、浮浪者の住処のような場所から螺旋状階段上る新淀川橋、この橋だが真中に複線の電車道、その左右に3車線自動車道があり、最外方側に自転車歩道兼用路ありこれが長いのよ、橋上で撮影したかったが夕暮れ迫りホテル探さねばならず断念。
似た名前の別なホテルに到着、場所教えて頂き無事到着 走行距離82km 4時間46分走ってホテル着17時21分だった。明日は新大阪から新幹線で小田原降車、東海道線に乗換国府津うな和のうな丼食べ、自走帰宅の予定だが予報では雨模様、切符は国府津までしか持ってない、どうするか現地決定だな。
10/15 奈良から和歌山入り
2015.10.16
昨夜食事処出たのが積もる話がありすぎ22時半、22時閉店のお店に申し訳なかった許してな。遅い時間にホテルへ戻ってから入浴、走り回りより歩き回りで疲れ眠くなり、レンタルPC借りながらブログ更新できず今朝方返却。な訳で熟睡朝目覚めたのが8時過ぎ、無料バイキング朝食食べ部屋に戻って着替、チェックアウトし自転車組立て完了したら10時よ。本日コースはホテル前道路r754直進続けるとR24に横田北で合流したが、この道路俺っち走る方向は流れよいのに、奈良へ向かう反対車線大渋滞してた。r754そのまま走り続け四条町、トイレ行きたし場所もなしで信号停車、ふと横見ると駐車場奥の警察署建物、ここなら用足し駐輪共に心配なしに飛び込み緊急借用、四条警察署に感謝ありがとう。署を出た先で二段右折高架下の側道へ、高架道も側道も同じr20ずっと走れれば問題もなかったろうに、やがて狭い曲路になり川沿い樹木のトンネル、雰囲気良しも向かう先分らず、高架道から離れ迷走開始となってしまった。
コンビに目にし分県地図求めインするも、在庫は20万分1のみで縮小しすぎで実用無理であきらめ、小腹空いた感覚ありレジ先のおでん鍋目に留まり、おでん袋、白滝、こんにゃく、厚揚げ、大根の5種¥350店内で食べ満足。本日も100km走行するのに出発時間遅く、急くのが普通だが慌てる乞食は貰いが少ないと気楽に構え、ここからR24探す迷走開始となった。気楽になれたのは山中の道路でなく民家の点在。線路があり駅がに向かい立寄るも確信情報得られず、その後暫く行ったり戻ったり繰り返し走り、高架下に至り高架道標識見上げまずは進行方面確定、間もなくR24へ向かう方向分って一件落着、R24へ出たので和歌山市内まで直行一本道。
途中道の駅あり温かいお茶でラスターに貰った最中食べ休憩、以後浪費した時間取り返すつもり無しも、快適ペダリング続き和歌山入り、街中入り信号停車で渋滞中車列横バイクのお母さんに駅方向伺い、左折田辺、白浜方面に向かうR24と別れ直進、ガードくぐり右折で和歌山駅、ホテルはすぐ近くにあり101km走行5時間の旅は終わった。
10/14 ラスター元祖と夕食を囲む
2015.10.16
朝食8時半9時にはチェックアウト、ホテル前で輪行袋から自転車取り出し組立て、履き替えコンパクト収納できる草履、輪行袋で包みサドル下に古チューブで固定、背中の荷物はトレパンと長袖Tシャツに超薄手ウインドブレーカー、県別地図は今回持参せず好天続く予報に雨合羽も持たず、荷物はこれまで最軽量。当初の計画では県道何本も走り継ぎ、桔梗が丘先から県道80一本で奈良まで向かう積もりだった、ところが分県地図持たずではヘキサ表示が少なく、ルート確認難しく無理かと思い国道走り継ぎ大回りに変更、まずはR42に向かい小津でR23に分岐、更に久居からR165走り、青山峠トンネル越えし高原から長い下り、昼を過ぎた時刻になって桔梗が丘でやっと見つけた昼食場所歌行燈、連休後であちこち閉店やっと見つけた店舗、誰しも思いは同じか順番待ちの盛況、待つのは有難くないが先行き考えると、食べるべきと判断したのは正解だった。
桔梗が丘からr30へ向かうコースも急がば回れで、大屋戸橋でr30ヘキサ目にしにんまり、これで奈良まで迷うこと無い一本道名張川右手に絶景、アップダウン続いても苦にならない滑らか路面、道幅狭くても車両通行無くサイクリング天国、ならクル標識T4頻繁に目に入り、後日調べたらTOJルート山添=奈良だった。
16時過ぎ奈良市内入りホテル探しに手間取り半頃チェックイン、夕飯は20時頃待合わせてる地元ラスター元祖と、JCBコンシェルで20時予約した川波、時間あるのでレンタルPCで場所調べ徒歩探索、行きは脳内インプット道順でさして問題も無く30分程で到着、問題は帰りで街歩き楽しみながらも、小便催し格好な立ちショん場所求め、人通り無い路地裏徘徊が悪く、一難去るも帰る方向分らなくなり、タクシー拾いたく大通り歩き回るも流し皆無、弱ったものよと路面案内図眺めるも、地名理解できず方向不明に往生も、ふと思いつき目にしたホテルにイン、タクシー呼んで貰って一件落着助かった。
カード決済で値段忘れたが¥1200位の支払い、18時16分これから会社を出ますのラスターメールも、時間逼迫10分ほど遅れるますの再メール、こ奴遅れるのが得意じゃのう。それにしても通勤距離遠いんだな、と改めてサラリーマンの大変さ、俺っち経験したこと無い世界を想像。久しぶり対面したラスターの元気な姿目にし、今でも走り続けており嫁さん誘い込もうとがんばってる話聞きめちゃ嬉しかった。店のイベント蓼科高原一泊ランに初参加往復ダウン、その後リベンジ今ではトライアスロンにも挑戦してる近況聞き、得がたいクラブ員に育ったと安堵、彼に石和砦来訪を歓迎するぜと伝えた。
10/13 2日目伊勢湾フェリーで松阪へ
2015.10.13
本日コースは鳥羽港から松阪市までで約40kmと近く、滞在ホテルチェックアウトも11時と遅いので、ホテルチェックアウト時間までのんびり過ごすつもりでいた。ところがフロントで鳥羽湾フェリー時刻表貰って、眺めてると突然鳥羽港へ渡ってからのんびりがベストとひらめき、大忙しで自転車組立て港へGO!最終乗客で出帆直前の船に乗船。結構な数の乗客で客室内埋まり盛況、デッキで海面眺め写真撮影してると、あちこちで記念撮影始まり外国語飛び交う、日本人団体じゃなかったよ。鳥羽港沖合いに全長240m巨大な客船飛鳥Ⅱ停泊中、鳥羽港は小さくて接岸できない様子、神と四国祖谷温泉から小豆島へ向かう旅行中、高松港で停泊中を目の前で見た事あったなあ。
自転車ナビで調べたコースr37一本で、松阪まで向かうコース選択走り出すも、当初は車も少なく快適な走りができたが、伊勢市を過ぎてから、道幅広くないのに次第に車が多くなり走り難くなる。昼半ば過ぎ頃からどこぞで昼食と思うも、食事処見当たらず走り続けると、ネットカッフェ自遊空間の看板目に入り、一度通り過ぎるも部屋で食事が出来るわと、引返し自転車輪行袋に収め、狭い部屋に持込、PC作業開始前日2日目のブログアップ、鶏肉丼¥580ネット注文はご飯少なくの細かいオーダーでききず、お米めちゃ旨かったがご飯残しよ。
15時過ぎ退店更に混み合う道路を走り、松阪市まで16km目にしながらチョイ行き過ぎて、戻るチョンボあってR42から松阪市内めざし、遠くから目撃できるルートイン大看板に救われた。大風呂で手足伸ばしひげ剃って、洗濯物部屋干し後隣の回転すしスシローで夕食、職人が握ったすしと違い機械が握り、具を並べただけのすしの味気無さ、最低の味でもお値段は¥2570で決して安くなく、お店も満員盛況ってどうして教えて…
10/12 伊良湖岬に向かう
2015.10.13
今回の旅は5泊6日中部関西地方の一府四県を回るショートツアー。初日は12日の祝日出発は8時半、国道16号御殿峠越え橋本5差路を129で厚木目指す、クラブランでは昭和橋から田んぼまわりって小田厚側道、俺っちちょい違う道選択すぎやまたい焼きや前通り、番田先右折座架江橋渡った先でr129、その後はクラブランと同じコース走り二宮駅着10時50分、予定より早着できたのは土曜鳥沢ラン帰路、旧甲州街道野田尻から上の原力走の成果。小田原駅で新幹線こだまに乗換えたが、予想だにしなかった各車両乗車口長蛇の列、何この混雑?と驚くも列車到着も乗る人居らず、列最後尾から俺っち一人輪行袋持ち乗車、車内見渡すと乗客僅か数名だけ、これではデッキに輪行袋留置くより、三人掛けシート前に置き着席がベストかと判断、腰掛けて買込んだ駅弁ゆっくり味わった。いつも輪行車内は立ち続けだが、今回初めて着席したで落着かず、デッキの窓から富士の英姿撮り。
小田原駅での長蛇の乗客はすべて、数分後の後続ひかり名古屋行き乗客達だった。新幹線輪行はこだま利用が超楽々でおすすめだな、祝日に新幹線輪行利用体験は初だが、こだまはいつも空いてるようなので穴目、ただし車内販売が無いので、必要な飲食物は事前購入する事。
豊橋から伊良湖岬へ向かうルートはr2大回り、海岸線走る予定も向かい風に速度上がらず、途中から方針変更R259走行、風に向かってひたすら走り、17時少し前やっと伊良湖パークH&スパに到着。空腹感も近場に恰好な食事処無く、ホテルバイキングしか無く¥4320、18時からオープンここも長蛇の列、価格に見合う食べ物なし最低、部屋と温泉がすばらしかったのが救い。
新しいツアー計画決まる
2015.10.06
昨日10月5日のAM10時30分のこと、タイ古式マッサ姉ちゃん休日で彼女のアパートへ、マイ枕背負って出かけ治療受けながら夢うつつ、普段と違って腿筋肉痛感じ時折目覚め疲労実感、終了気づくと2時間以上経過11時40分。公休日で俺っち疲労を感じとり、入念マッサに専心してくれたのだろう親孝行の娘さん、俺っちをタイの実家で生活してる父親かのように扱ってくれ、帰り際にはいつも無理しちゃだめよと言われてる。彼女をよく知ってる神も、優しい娘さんだねと理解してくれてる、娘さんといっても50歳過ぎてる独身だけどとにかく優しい。無理しないでねと注意されたのに、家に帰ると地図とにらめっこあれこれ検討、今月走るコース又又急に決めちゃった。愛知、三重、奈良、和歌山の中部地方4県と、大阪府を回り往復共新幹線輪行で17日帰宅する。で18日の店イベントは、ロングは無理と思ってプチグランフォンド100kmコースに参加予定、それもCSまで向かわずズルして、自宅からコース走る事に決めている。
今回の旅詳細は12日(祝日月)二宮まで走って輪行、東海道線に乗車小田原で新幹線に乗換豊橋駅で降車、豊橋から伊良湖岬まで自走シーパーク&スパ泊まり。翌13日(火)伊勢湾フェリーで鳥羽港に渡り松阪まで自走、この日走行距離短いのでおかげ横町眺め、松阪まで自走駅前のルートインHに宿泊。14日(水)は今回の旅最長90km越す距離を、自転車ナビが案内する裏道コース忠実に辿って、古都奈良の駅前ホテルに泊まる。15日(木)は和歌山までこれまた自転車ナビが示す大通りコース走る、距離は前日より僅かに短くしかも平地、で2日連続も楽々かと思う宿泊は和歌山駅横ビジネス。16日(金)は新大阪まで大阪街ど真中抜ける面白味無いコース、土地勘皆無なのでおとなしくナビに従って走り、ここもビジネスホテル泊まり。今回は初泊をのぞきすべてビジネスホテル泊まり、レンタルPCある宿を選択したのでレアなブログアップ可能、ボケ爺何やらかすか楽しみにお待ち下せえませ。
旅は以上で終わり一府四県走行完了で、お後一府九県残すのみとなり、今回の5泊追加で年間外泊数延べ100泊達成、5年間で500泊の大計画の方も40泊目達成、何か努力目標決めるとだらだら楽しむでは味わえない充実感生まれるぜ。これは皆の衆もぜひ試してみてや、80爺でも結構楽しめるのだから間違い無しじゃて。
旅の後日談
2015.10.02
今回ツアー最終日の輪行だが沼田から高崎までの上越線、車内がすいてて最後部車両も,両側2人掛座席で立場所無く着席した方が、他客の邪魔にならない感じなので座ると、睡魔と戦いになり必死に堪えるも負け、これはいかんと座席空けドア横に立つ。終点高崎で八高線乗換50分待ちの間、あんぱんとりんごデニッシュをベンチで牛乳で食べる侘しい昼飯。15時50分発高麗川行きデーゼルワンマン車、後部車両運転席に輪行袋立て、高麗川で14分待ち川越からの電車に乗継ぎ八王子着16時4分着、実質乗車時間2時間で八高線もスピードアップ。蒸気機関車の国鉄時代八王子高崎間は4時間弱かかったので隔世の感。北八王子で降車するつもりもドア開閉が反対側、降りるが面倒と一駅だけ乗り続けが最悪で、工業団地の同駅から退社時間で仕事帰りの人で超満員、輪行袋が邪魔になったなと思って大反省。帰宅当日は勿論次の日も終日眠気覚めず、ベッドと自室を出たり入ったり、よく寝た成果あって本日やっとすっきり。
話し飛びまして次なる企画10月31日から11月3日までの4日間、新たに誕生した宮崎支部椎葉班訪問し、親睦交流目的のスローラン合宿の参加者がほぼ決まり、現地の宿泊宿を確保いたしました。
メンバーは東京から監督、家老、山王秋、アンバランス、100kmマラソン、姫監督に英爺と神8名。埼玉の姫関白、横浜元ANA,新潟元自衛隊、静岡三島橋、丸ちゃん、名古屋若隠居、大阪ピンク、大分空港、臼杵トライアスロンの9名で計17名。現地集合なので各自それぞれのルートで10月31日集結、詳細案内を各自に配布すべく作業開始じゃ忙しい。
俺っちは合宿後は神と別行動になり、九州未走の大分県内に宿泊走り抜け、関門海峡通り広島県三段峡Hに泊まり、島根県益田支部訪問、11月7〜8日益田市に滞在その後鳥取、岡山、兵庫、福井、京都府を走り抜け、11月15日同業クエストの毎年恒例琵琶湖走行会に、参加予定でスケジュール組込んでたところ,先日中学二期生の同窓会案内舞込み、傘寿を節目に今回が最後とあり、ではこの世の見納め昔の仲間を拝顔しておくかと思い、取りあえず参加を伝え益田以降行程をキャンセル、琵琶湖走行会は一度帰宅後出直しとした。
9/30 途中輪行繰返し帰宅
2015.10.02
昨晩検討した帰る方法は土樽駅まで自走、上越線一駅だけ輪行し土合で下車、下り道を上毛高原まで走って、次は新幹線輪行で熊谷で下車、往路輪行移動した寄居まで走って、三度目輪行は八高線北八王子で降り自宅へ自走帰宅。宿出ると下り道六日町から国道17号走り塩沢駅へ左折寄道、三国街道塩沢宿牧之通りの景観眺め、電信柱と電線の無い整備された見事な町並みに感動。来年の只見大周回計画の際塩沢町に宿泊、ライトアップされた夜の景観も楽しみたい。
塩沢駅で時刻表見て11時半発水上行きに土樽で乗車が必須と確認、国道17へ戻り、越後湯沢から県道に分岐走行となり、越後中里駅で時刻表見て充分間に合うを確認、橋取付け直しのため山越え迂回路も問題なくクリア土樽駅に到着,山登りの人達7〜8名も支度中、ホームにも数名の同じく登山客待機中、30年程以前の頃数名で土樽夏合宿帰り、同じく三国トンネル通過を嫌い土合まで一駅輪行した体験有り、長い谷川トンネル通過中やって来た車掌から、切符購入も前回と全く同じ違うのは国鉄とJR。
前回は自転車そのまま輪行、飛んで来た車掌も土合まで一駅だけで目をつむり、下車した土合駅長いホーム走って改札通り、下り勾配にかっとんでったよ。今回は輪行袋転がし歩いて無人改札通過自転車組み、駅前の大きなレストラン閉店中で仕方なく、次の上毛高原駅からの輪行駅弁頭に下り道スタート。
上毛高原には右折のはずと思いながら走るも上越線後閑駅前じゃん、標識無く見落としたが先刻の右折信号かもと気づくも、戻るは上りでその気になれずそのまま直行、沼田駅から上越線乗車と決め込む。都合良く20分待ち高崎行きに乗車、高崎では50分待ちとなったがパンとヨーグルトで空腹癒し、昔と違いスピードアップしたジーゼル八高線,高麗川からは電化され川越から到着の八王子行き乗車、6時を少時廻ったところで到着いつもの場所で、自転車組みあげライト点灯自走帰宅し、静岡、山梨、埼玉、栃木、福島、新潟各県に宿泊し本年度95泊目を体験、9日間660kmのツアー無事達成終了。
今回の記録は輪行回数でまずJR山北→御殿場、翌日タクシー三富支所→雁坂トンネル出口、その翌日秩父鉄道長瀞→熊谷、上越新幹線熊谷→大宮=東北新幹線乗換→宇都宮、ラス前日タクシー六日町→宿いろりあん、最終日JR土樽→土合、JR沼田→八王子以上でこれって新記録。
9/29 二度目の六日町泊まり
2015.10.01
朝8時半食卓には俺っちの席だけ残し無人、釣り人は朝が勝負とかで皆さん早朝から戦場、いや部屋中狭しと貼り付けられた魚拓、50〜60cmクラスの超大物がずらり勢揃いは圧巻。作家開高健が銀山平に連泊して只見湖通い、こよなく只見を愛した理由が良う分かりますわ。本日は枝折峠越えれば楽な下り道続き、距離も無い六日町にあえて泊まるは、町内にあるネットカフェに立寄りブログ更新、年老いたので数日経つとあれこれ忘れてしまうので、できる限り早めの更新が必要で今回も4日目なので限界。
枝折峠越え頂上駐車場に満杯の盛況、ナンバープレート見ると遠く福岡、徳島、神戸、福井、和歌山、浜松は数台あり全国区じゃん、山登り支度中の八王子ナンバー車の二人に何処に登るのか聞くと駒ヶ岳、そんな有名な駒ヶ岳どの山蛾それなのと聞けば、山並み見回し分からない様子、八ヶ岳なら分かるんですけど、ここは初めてなのでの応答に、心の中で大丈夫かよそれで登れるの??
枝折峠通る路線バスも7時台銀山平行き,小出行き16時台の1日1往復便だけあり、これって完全に登山客用と思われる。長い下り道慎重に下り前回おみや購入した売店に立寄り、せんべい類とお餅各種にあれこれ購入自宅送り、1万円以上お買い上げ送料無料とか、めちゃ美味いお餅各種半額割引って安いわ。買い物中隣のそば屋開店と早い昼食おろしそば¥800.
小出まで国道352直行し同じく国道17へ左折、ストレートに六日町まで走りイオン2Fネットカフェ自遊空間にイン、ブログ2日分アップする間、階下のコインランドリーで洗濯すませ、部屋干し5時間近く遊びタクシー呼びホテルへ向かったけど、表は日が暮れ真っ暗しかも強い雨降りに、到着した運転手に聞くと先保から突然降り出した俄雨模様にホッとした。天気が続く予報から雨合羽自宅へ返送してしまい、降ったらずぶ濡れ走行になり、低温下でとてもじゃないが走れないからのう。
到着宿は前回とは別小さないろりあん古民家風宿、今回の宿泊宿いずれもそこそこの客で賑わって居り、未だ紅葉時期ではないのでこれなら来月繁盛間違い無し。走行距離55km 走行時間3時間弱 ネットカフェ滞在5時間弱の一日だった。
9/28 再度銀山平へ
2015.10.01
昨日は途中写真300枚も撮影したので停車する事多く、宿が思いのほか遠く山中夕方遅く到着となったが、自転車解体輪行袋に封入する事無く、玄関脇の倉庫内に収納してくれたので、朝の出発も楽々できたので大助かり,全ての宿がこれだと助かるんだがなあ。自転車解体はさして時間かからんけど、自転車サドル下に輪行袋と履物(今回は厚手ゴム草履)を括り付けるに毎回手間かかってしまった。本日は前回道路崩壊で戻る事にった銀山平の再訪問、到着すれば日本一の豪雪地帯樹海ライン完走となる、本日の宿は楽天予約ではなく直接、カード決済なしで支払う現金入手すべく、出発前宿フロントで郵便局あるを確認、走り出し間もなく集落ありゆっくり通過も〒局見当たらず、家屋あと数軒残すだけになりはて見落とし?と思った途端奥に引っ込んだ場所に目立たずありホッとした。
ATM利用後レターパック購入、役目済んだかさばる地図帳2冊、天気予報で不用と判断した雨合羽、宿で買込んだ食物類を自宅送り、背の荷物最少限にし負荷軽減だよ。〒局で一見客なのにお茶をどうぞとサービスされ、民営化されてもこんな対応は初体験戸惑った。更に暫く走って原風景撮影してたら、車追走で置き忘れたタオル届けられ恐縮、撮影できない日本原風景見た感じ。地方を走ると味わえる感動のプレゼント、今回は福島県内走行中だった。
で思い出したも一つ、昨夕チェックイン時に宿スタッフから、只見線復活署名運動して頂けますかと言われ、応じたらふるさと応援商品券¥2000頂戴、使える店舗等リスト眺めると福島県内のみ、間もなく新潟県内では活用は無理と思ってたら、朝方チェックアウト時若干の支払いに、お客さんは商品券使いませんか?と言われ、無用かと思ってた商品券で決済は有難かった、このご親切な配慮にも感謝だよ。
で更に思い出したこと、昔々彼がクラブで走り楽しんでた若者、レース志向強かった我がクラブ内でも抜群の登坂力ある彼見て、レース参加を勧めたら一言『人と争う事が好きではない』と言われた。大学卒業後警察官になりその後福島県内の交番勤務、長い間毎年のように県内産果実プレゼント届き、交流続いてたが転勤続く職種がため、音信途絶え久しくなるけど、定年迎え余生楽しむ年齢になったかと思う、地域住民の良き相談役お守り役を努めた、素晴らしい人柄の彼は東京都から福島県へのプレゼントと俺っち思っている。
宿から出て長い上り道が続いた後長い下り道下って,見かけた食事処で昼食は平凡にカレーライスと紅茶で¥1100,晴れ渡りよい天気も涼風吹き肌寒い感じ、袖無し、長袖の下着2枚に半袖ジャージに袖無しウインドブレーカー、指切りグローブも寒さ増幅、夕暮れも早く寒い冬到来もすぐかもと実感。
地図で眺めると湖畔周遊道路の状況浮かぶが実際は大違い、湖畔の山肌を忠実にトレース上り下る路面から、湖面は時折チッラと目に入る程度、洗い越しが路面よぎり水量多い所では超減速,新潟県側はかって大型と二輪車は通行止めだった、この国道352樹海ライン銀山平の宿湖畔荘到着で完走。
豪雪地帯で12月から3月までクローズされ、雪かきに時折通うと言う主の話しでは、積雪6〜7mもあり5mの屋根が完全陥没と言う。来年の新潟、福島両県テーマは再度樹海ラインを完走、只見線全線復旧を応援し檜枝岐、南会津、只見,魚沼市の大周回と決めた。