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11/22~23 奈良から長浜 琵琶湖一周を走る

2014.11.30
大阪ピンク案内されまずは近くの奈良公園サイクル散策後、コース全てお任せ琵琶湖畔長浜に向かう。途中茶処和束町で宇治銘茶頂きで小休止、全コースガイドされ走ったので、アナログ地図広げてもコース判然とせず,薄暗くなり宿泊ホテルの長浜に到着。ガイドペーサーに徹した大阪ピンクガイ、俺っちホテルに案内し大阪へとんぼ返り、2日間本当に有難うあちこち見聞広げ独走では得られない体験が出来た。

四国徳島から松山まで同伴ラン続けた若隠居、朝便で伊丹空港へ向かい京都泊まりで長浜ホテルで再会、数日前退職し遊び仲間入りしたFKの自転車蒐集家、現役時代オリンピック選手で光り輝く戦歴のBS光ちゃんも同宿、4人揃って近くの店で食事したが寒くなった、昔は寒さは平気だったが年老いると耐寒はきついわ。

翌11月23日昨年も行われた同業ショップQ日進主催、琵琶湖畔を周回する走行会に招待され、鯖街道へ遠回り鯖寿司食べる160kmコースに参加、鯖街道と呼ばれるだけあってあちこち点在する鯖寿司店舗、いつも立ち寄るお店は特別なのか,肉厚の鯖半身の焼き鯖押し寿司食べ、全ては無理と思いながらもあまりの美味さに完食、シャリ食べ過ぎ影響もろに出て上り勾配14km、めちゃキツかったがゲブとなることなく品質最高。

琵琶湖大橋渡ってからのラストコース、昨年同様GOKISO社長の独り曳きに番手若隠居、昨年は俺っち番手になったら、煽ったと勘違いされ速度上がったので後方で見守り走行。長浜まで独りで先頭走れる脚力は、俺っち同様GOKISO車輪だからかな、そういえば若隠居もGOKISOだわGOKISO最高、走行会主催者Q日進社長も男気あり最高、地方の一ショップの走行会で60人からの員数が、遠く離れた琵琶湖畔のイベントに参加するってこれまた素晴らしい事。

走行会終了後ゆっくり楽しむ事も出来ず帰宅は、明日都心で行われる姫監督制作の映画会参加のため、自転車蒐集家に米原までベンツで送られ、新幹線『ひかり』に乗車するとBSの光君も同じく最後部車両、例によって席に座らずデッキで立ちんぼ、駅弁立食いしてると光君来てそのままと立ち話続くので、疲れてるやろと思い空いてる席に移動,自転車3人掛け座席裏に収納、名古屋出ると新横浜まで停車しない車内で、横浜線へ乗換で降車する新横浜までの長時間、人生論に至までまであれこれ喋り合い新横浜駅で別れた。

日曜日なので通勤客居らず多くは遊び仲間、で大きな輪行袋持込みも迷惑にならんと考え、まばら乗客車内の最前部車両に乗車、まずは橋本行きに乗車次いで、終点八王子行きと乗換えたので,混雑状況は更にゆるやかだった。平日の夕刻からの横浜線は通勤客で混合い、新幹線から乗換は無理なので予定は組まない、やむなく新幹線利用した場合は新横から家まで40km自走してる。仕事帰りの疲れた戦士に悪いので遠慮してる、これって日本人の先人達が等しく持ってた美徳と考える。



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11/21 伊丹空港から奈良まで走る

2014.11.21
昨夜遅く眠って熟睡したので朝が忙しかった。ベットが広くクッション良く部屋も広く中々よいホテル、無料で食べられる朝食なので、品目少なく粗末なのでごく軽く食べチェックアウト、自転車組み立て10km程先の松山空港まで自走、道路標識と路線バス走りを目標に走る。時間たっぷり有り土産物物色と思うも、空港が小さく買い物即決大好物の寒露煮、棚の展示品全部買い占め、ご近所さんより自分が食べる為って珍しいこと。

搭乗した11時25発伊丹行きはANA最小のプロペラ航空機、定員も少なかったが満席の搭乗客、2人掛け隣席客も俺っち同様雪駄、珍しやと思ったら坊さんだった。定刻フライト小型プロペラ機なので、走行高度が低いので窓際席キープすると楽しめる、今回は生憎通路側で眺めは残念ながら楽しめなかったけど。

満席でもも乗客少ないので荷物すぐ手元に届き、待受けた中川ピンクガイと益田以来の再会、流れ橋のシニア仲間2人が加わり大阪市内を案内、河川敷の浪速サイクリング道路走りまずは中川フレームビルダーの工房に案内され、中川ビルダーとは台湾以来暫くぶりの対面。工場に展示されてた1台の完成車見せられ、素晴らしい技術と斬新なアイデアに感服、俺っち要望伝えカーボンハイブリットで製作依頼、フレーム作り一筋に生きる浪速男の心意気に感じ即決、私が買ってあげると言った神さんに、支払いは御任せと勝手に決めてる。

長居してしまった工房で流れ橋お二人と別れ、ピンクガイ案内で奈良へ向かった。夕暮れ迫る時間に奈良駅前に到着ホテルは街道沿い苦もなく発見、ピンクガイは近くのゲストハウスへ向かい、一風呂浴び街中で夕食食べ一杯飲み、俺じゃないわ相方やで、着衣殆ど洗濯中の薄着素面で、食後の帰り道が寒かったな。

奈良まで走り64km計測3時間程走っただけだが、一応四国内1000km以上走行を達成。残る目標は九州と離島走行で来月達成する予定。今年の宿泊日数も122泊となり,年間宿泊記録更新も続いている。明日はピンクガイのガイドで琵琶湖岸の長浜まで走る。

11/20 四国最終日松山へ到着

2014.11.21
国道33沿い宿から松山は近すぎ2時間も走らず到着してしまうので、最初の計画ではやや逆走し県道に大迂回のつもりだったが、あまりの連日の寒さが山道へ向かう気力を失わせ、平地を迂回して向かう方が楽しいかもと考え方転換。

若隠居はそのまま向かったので早出、俺っち時間まで宿に残りスタート10時すぎ、年老いたからかやたら寒さが身にしみる。宿から暫く走ると自動車専用道路でき、車は坂を上らず皆トンネル越え、車の走行激減の坂道上ると小公園ありストップ、寒さに耐えられずここで下着1枚厚着になり、三坂峠706mを越え長い下り道ゆっくり下ると砥部町だった。

前日FK古参愛輪友から聞かされた陶器の町と知る。俺っちは陶器にあまり興味ないが、大好き神の参考にでもなればと、国道左折街中に進入すると街中窯元だらけにびっくりよ。どこにも立ち寄らなかったが街中状況把握した、国道33は土佐街道(久万街道)と呼ばれてるが、砥部街中では陶街道としゃれた表示版が建てられてたな。道路沿いの食事処で昼食うどんセット食べたが味は代わり映えせず。

食後暖かくなったのと直行では到着早すぎ県道22,219と迂回、聞き覚えある地名余戸の信号通過しながら、知人先生この辺が地盤なんだなと知った。松山空港が近かったので空港へ足伸ばした後、松山港へも立ち寄り昨年キング劉に招待され走った、しまなみ街道サイクリングでフェリーが到着した港が此処だったのか記憶は曖昧。

三津浜駅から国道196を今治方面に暫く誤走し、気づき戻って松山城下走る路面電車のレール頼りに、本日の宿『プレミアムイン松山』到着、自転車輪行袋に収納チェックイン16時を回ってた。部屋で着替えコインランドリーへ洗濯物持込むと、EV前で到着した若隠居とバッタリ、出かけた時間回ったコース大きく違うも、ホテル到着時間はほぼ同じ時間だった。夕食は19時から街中へ出かけて食べることに決め、洗濯入浴を済ませたが忙しかった。

明日は若隠居朝便で伊丹空港からは京都へ向かうので、再会は明後日土曜日の長浜宿になる、俺っちは当初の予定通り昼便、同じく伊丹空港へ向かうが大阪ピンクガイ案内で、NAKAGAWA工房経由で奈良へ向かうことになる。ホテルでレンタルPC借り2日分ブログアップしたので、就寝遅い時間になってしまったが明日はひとり旅昼便で気楽に熟睡できた。

11/19  久万高原のでんこ迄

2014.11.21
本日は久万高原の宿『でんこ』まで、ルートラボで計測134kmの走行距離、9時ホテル出発大豊まで国道32、寒いはず路上温度計6℃示す、宿から12km上り勾配走ると、難所京柱峠下ってきた国道439が左手から合流、大豊まで11kmは国道重複道、大豊で国道439は右折単独路線になり、14km程走ると道の駅さめうら(早明浦)昨年参加したロングライドスタート地点がここ、トイレ小休止ですぐ出発上り勾配続き25km程で、国道194に突き当たり左に2km走り道の駅『633美の里』行程半分以上走ってるが夕闇早いので要注意。

丁度正午昼食時間付近に食事処無いのか次々客人集まり、食堂担当女子スタッフ2名のみで回らず、注文品出きるまで30分以上待たされ、食べ終え出発したのが13時回ってしまったのは誤算だった。暫く国道重複区間633区間走り、439は右手に向かい高知に向かう194は左手に分かれる。

439単独道になり20km程走ると高知からの国道33が左側から合流、10km弱重複道路になり633式に表現すると472だな。路面は清流で名高い仁淀川流域走り、439は左手四万十方面へ向かい俺達は右手国道33で松山方面へ向かう。大渡ダム、発電所を左眼下に上り勾配走ると高知と愛媛の県境。33単独道になって16kmで左から国道440への分岐路ある柳谷村、440も439同様酷道で有名一度は行きたい四国カルスト五段高原、天狗高原への道、残る時間は少ないのに夢は広がる、俺っちボケ老爺だぜ少年の夢を持ってどうする。

四万十の源流点をたどるツアーを試みたとき、すぐ上にカルストの異様な光景に目を見張り、次尋ねてみようと思ったのは昨年か一昨年前のことなので、いずれ近いうち実現できるな。最近足腰メンテ順調なのでこの調子続けば、まだまだ脚力数年は維持できそう、気力も簡単に失せはしない充実してるわ。77歳越えてから年々若返ってるつもり、猪突猛進爺見習い皆元気でGO剛。来年誕生日からは77から3歳歳とって75歳で走る、そうなると85歳でも実は70歳じゃん希望は湧いてくるわ、ものは考えよう自分の都合よいよう考える、これ長生きの秘訣よ。言いたい放題やりたい放題悪餓鬼と同じかよW

美川大橋渡った先にある道の駅『みかわ』でトイレ、夕暮れ近くなり暗くなっては困るのでペース上げ走る、残る十数キロ力走功を奏し街中に入り宿見落とさぬよう減速、国道沿いにある宿なので宿探しに苦労する事無く発見、住居奥に自転車そのまま収納チェックイン。小さな部屋の宿だったが寝具軽やか清潔でよく眠れた。レストラン兼業なので食事もそれなりに食べ応えあり¥8000は格安と評価。でんごとはちゃんちゃんこ着た子供のことでこの辺の方言で言うとのこと。労務者タイプの方が数名同宿だっが、サイクリストにもお勧めの宿かと思われる。

11/18 落合峠を越え大歩危まんなかへ

2014.11.20
宿が徳島駅前なので超便利だった。部屋から輪行袋転がしチェックアウト、EVで階下まで降り表へ出ると駅前広場の横断歩道、目の前にある駅舎で切符購入、改札目の前ホームが乗車口では、すべて俺たちに合わせてくれたかのようだった。

ここまではよかったのよ、ところが時間になるのにホームは2両連結電車のみ入線、これが特急車とは思えない代物だが、良く眺めると俺たち乗車する特急『剣山3号』じゃん、各駅停車の普通車車両と全く変わらんし、下車駅阿波加茂まで62kmを1時間もかかっては特急じゃなか、特急料金¥1180も取りやがってぼったくりだって。

10時過ぎ阿波加茂到着向かうは落合越え東祖谷、到着予定15時過ぎまで民家なしの山道、食料調達は街中コンビニでアンパン、ジャムパン、ヨーグルト入手。集落途絶えた山道電光掲示板、落石注意に加えて落合峠付近積雪で通行注意の表示、昨日徳島空港から市内移動の際降った雨が、落合峠ではどうやら雪になったようだ。通行禁止ではないから行けるだろとそのまま進行。頂上付近残雪でめちゃ寒かったが路上に積雪残っておらず、下り斜面も無事に下れたが長い悪路の下り道では、ブレーキングも寒さから手指が痛くなり参った、至るところ小石が散乱し、大岩が崩れ路面大きく塞ぎ散乱してた場所もあった。前回イベントでは、道路はきれいに清掃されており全く問題なかったが、普段は一人で走れるコースではないのでは感じた。

後方走ってた若隠居姿無く写真撮影と思い、ガーミン装備では遅れても問題無しと判断した。なにしろ寒くて待てないので独り宿目指し急いだ。峠頂上でジャムパン食べただけだが空腹感も無く、水分も不要なのでペース落とす事無く走り続け、標高高いところから逃げるに夢中だったが、16時30分大歩危まんなか宿へ到着ホットした。

凍える寒さで自転車そのまま事務室で預かりいただき感謝、程なく到着の若隠居と2人大会で頂戴した宿泊優待券利用で宿賃無料の上、温かいもてなしまで受け祖谷(いや)なんて言ったら悪い。祖谷は何回来てもいやにならない、も一度ぜひじっくり眺めたいと考えてる。見る処ありすぎ四国最大の観光地だと思う、祖谷は俺っちお気に入りの場所で、すべてを観るには1日ではとても無理、連泊で祖谷旅行楽しんでほしいと考えてる。

11/17 徳島空港へ向かう

2014.11.17
11月第2弾サイクルツアーは四国の旅4泊5日、四国松山空港から2泊3日の追加となり、大阪伊丹空港へ飛び奈良まで自走の1泊、その翌日は滋賀県長浜迄自走し更に1泊、そして23日の日曜日にQ日進の琵琶湖一周走行会参加、当初の計画では飛騨高山、安房峠、松本と走り続け松本から輪行の予定だった。

ところがクラブ姫監督作成した、クラブ仲間を話題にした映画会開かれると聞き、更に監督からの熱きメッセージ届き、これには遊び夢中の極楽トンボ爺も負けまして、走行会終了の当日深夜便で帰宅、翌24日の4本立て映画上映会にSamと参加することに、大晦日は来月のはずじゃが忙しいのう。

今朝17日月曜日朝9時半自走でいつものコースで羽田へ向かう途中、ガス橋で『かいちょう』と姫方から声かかり振返ると、最近ご無沙汰で姿見かけなくなった、坂でぜいゞはあゝ力走する頑張姫じゃん、『どこ行くのったってこちとら空港よ』そちらはと聞くと『穴子丼食べに行くの』場所聞くと大鳥居を空港の反対側に曲がった所、同じ方向なのでポタリングで向かい、食べる時間の余裕まではないが、せめて店の場所だけでも知っておきたく案内してもらったよ。

屋号『ゆたか』で名前聞いただけで気に入った、俺っちのドイツ帰りの元ベジタリアンシェフの孫と名前が同じよ、繊細な味覚の持ち主孫連れて食べに参上したい雰囲気の店だったな。千円札で食べられると聞き、亀ランで向かうもありかもよとあれこれ考えた。食べることは楽しいもので、走る楽しみが倍増するわ。食べる楽しさを失ったら人生終わったと同じ、食べる楽しさを味わうには、走って走って走ることだな。身体も動かさず食べる楽しみだけ追求、これも同じく完全に人生終わりだな。このお店雰囲気もええのよ、うなぎの幟も立ち小粋な店造り、駐輪も容易となると、一度行くっきやなかんべえ善は?急げ年内に実行しようや亀々。

そう言えば前回羽田空港到着便で輪行袋ベルトコンベアに食いつかれ破け大破、別の輪行袋で本日京急天空橋駅で梱包中に布地裂けてしまい大破、空港カウンターで接着テープで簡易補修したが、相次ぎ袋を傷つけてしまい参った。

徳島空港到着15時半自転車組立中突然雨降ってきて、しばらく様子眺めタクシー輪行も考えたが、小康状態見てゆっくり走り出し、薄暗くなる時間15km走り宿到着、ホテル前で輪行袋に収納したが、空港到着後袋の補修テープ貼り直したのでスムースに収納できた。松山空港からと米原からの鉄道輪行、八王子まで頑張てくれよ輪行袋君。俺っちの場合ホテル部屋持込自転車は、毎回輪行袋に収納するので、年間計算すると百数十回も使用したことになるわな、そうなると疲労劣化もあるのかな?対男鹿社長!

11/11 匹見峡サイクリング

2014.11.15
朝10時益田のメンバー集まり匹見峡観光ラン、国道488を匹見温泉やすらぎの湯まで走り、県道307表匹見峡の流れ沿いに上り、国道191から益田へ戻る周回コース。早朝大分から空港が神さん同伴で早駕篭で到着、皆と走る機会は無かったがラン一行の伴走で終日一緒、益田で解散後神さん希望の出雲空港見物に向かった。車上積載の愛車が路上走れず可哀そうだったが、神さん孝行できたのは何よりも結構だったと思う。こんな日もたまにあっても良いはず、俺っちも来月初め神さん同伴で5泊6日の奄美大島ツアー、年初の最終目標奄美大島チャレンジサイクリングも楽しむ。

自転車乗れない神さんとは遊び一緒には楽しめないが、神さんも自分の趣味に没入それなりに楽しんでおり、俺達夫婦の場合は年数回旅行を楽しむことにし、普段は互いの趣味には無干渉お好きにどうぞのスタイル。今年はすでに熱海1泊2日、寸又峡2泊3日の温泉旅行の旅を楽しみ、来月の奄美大島5泊6日旅道中で打上げになる

思い返せば俺たち夫婦無から出発、ベッド、ふとん、テレビ等大物だけ買い揃えアパート生活開始、昔のクラブ仲間が茶碗、箸等小物類買ってくれたっけ、八王子自転車倶楽部が誕生した昔話ふと頭過ぎった。何もない所から起業したモノクロ写真現像業も、その後カラー写真がぼちぼち出回り始めると、先行き想定しモノクロ写真の需要無くなると判断、思い切ってマニア自転車ショップを兼業、これが的中現在に至ったわけだが神さんには苦労かけたよ。干支が亥年で文字通り猪武者、猪突猛進したかのように思われるが決してそうではなく、結構俺流に考え抜いているつもりよ。

夕食はクラブメンバーと会食設定されており皆で集う、東京から急きょ筬長が夕刻の便で会席に参加、益田支部結成の発端は招かれた貞爺、マラソン大会でサイクリストへの声掛けが発端となり、俺っちが益田市へ向かい熱く支部結成呼びかけ、都心から遠く離れた地益田市に支部結成となった。筬長居らずして支部結成はあり得ず、間違いなく彼こそ最大の功労者、九州、北海道と合わせ国内3地域に支部持つサイクリングクラブは俺っちクラブだけ、遠い地方でクラブジャージで出迎え受ける感激は最高。

今日も7名の仲間がともに走ってくれ、大阪のピンクガイと2人存分に楽しめ、九州からの空港も伴走車の旅に終始も、大切な神さん楽しませられ良かった。匹見峡の紅葉も終わってたけど、渓谷の流れ見て走ながら次回に想いを馳せた。食事会終え2次回呑み助と別れ、宿に戻ると横になり枕元で次回走行の参考にすべく、本日走ったコースを地図で再確認。

11/10 益田支部へ向かう

2014.11.14
昨日の雨天走の疲れは、温泉でない名ばかりのグランドホテル泊まりでは癒せず、疲労の残った状態で朝食すませ宿出たのは9時過ぎのこと。益田市まで向かう行程は約120kmあり、途中から支部仲間と合流予定で走り出した県道70、往路こんな坂があったかと疑いたくなる程、延々続く上り勾配に辟易腰も、脚も重くのんびり休みたい気分の体調の日だった。

一昨日のそば屋『蕎麦遊』右手に眺め走り、も一度美味しいそば存分に味わいたく、周防大島の景観も眺めたく、来年大会とは別に再訪しようと思ってる。玖珂から国道2号線に入るも車両の大部は県道15へ向かい、道幅広い国道の方が通行量圧倒的に少なく、走りやすいのでにんまりした。道はすぐ上り勾配になるも宿出発直後とは比較にならなず楽々、10km程走ると国道187との重複道路になり、信号機下に支部メンバーの姿。国内最大手Y新聞勤務の走るブンヤ君、益田から遠く大牟田通信部配属になり、本日は新幹線、在来線乗継で俺っちサポートに駆けつけは感謝感激。

ブンヤ後尾にマークし走り出すも速い々、俺達若き頃新聞屋に脚自慢多かったが駆け足配達、この人の場合記事書く新聞記者で脚は鍛えておらんはず、なのに走ると結構速いのよ?もしかして支局より更に僻地ではブンヤの足は自転車なのかなと思ったほど?頭の中錯綜しながら必死の追走、こんな急行列車乗ることになるとは夢にも思わなかった。切れ気味になる上り勾配では、後方気にし速度落としてくれるに助けられるも爺ちゃん大変だったのよ。

道の駅『ピュアラインにしき』で丁度昼食時間、益田から出迎えソロラン中の旧支部長から連絡入り、同じく昼食中で間もなく合流できるそう、食べたワンコイン肉丼安いと思ったら、やたら硬い肉で猪肉で珍味で良かった。食後すぐが上り道で頂上峠377mが山口、島根の県境、車が少なく走りやすい道路で国道でもサイクリスト向きおすすめ道路。

暫時走行後益田からの使者旧支部長と合流行列は3名に、国道187は日原から国道9と重複道路になり益田で終端。定宿だった駅前のホテルグリーンモーリスH満室で予約できず、今回確保した宿は国道9号線沿いにあり場所明瞭、主の顔見える宿で宿泊料金格安、一応口コミ参考に泊まってみる気になった宿で、本日出雲から自走到着する大阪ピンク野郎も同宿。俺っち宿到着の数分後到着はグットタイミング、建物は古いが掃除行き届き清潔、寝具も羽根布団トイレもウオシュレット、2食付¥4500と滅茶安なので食事ボリューム欠けるは仕方なし。玄関に自転車置ける友人と部屋で談話もフリー、アパートの自室的な感じの気安さ、テレビも中型液晶TV文句付けたら罰あたる宿。俺的には気に入ったのでリピーターになると思うな。

11/9 やまぐち150kmロングライド完走

2014.11.13
早朝6:30までに会場に向かえば良く比較的朝が楽、実はこれが緊張感なくし返って悪かったか大寝坊。睡眠充分にとりたく前夜10:30には就寝、午前様が普通の俺っちとしては異常な早い時間からお眠り、なのに目覚めたのが7時寸前これにはびっくり。外は予報どおりの雨天¥500で買ったコンビニ合羽、サドル下にパンフ3折ビニール袋に封入の簡易泥除け、他人まではガードできないが、自分だけは確りガードしてくれ助かった。

会場到着7:30参加者影もなし、受付に遅刻伝え追走と思うも島に至るまでのコース、複雑う回路で難儀なので収容車で最後尾まで送りますで、車内同乗ご親切に最後尾まで追走助けられ、以後路上に転々目に入るライダー追って走り海上大橋、周防大島に入るとすぐ最初のAS、朝飯食べてないのでアンパン1ケ、バナナ半切れ、ちくわ1切れ食べ、長蛇の列の簡易トイレ眺め出発、雨天でもあり今日のトイレ用足しは大変とみて、水分取らないで走ることに決め最悪は野立て覚悟に出発。

第2、第3と同じような食べ物食べ、皆さん食べてる汁物には手を出さず尿意抑えることに専念。集落走ると雨の中傘差した多くの島民が手を振ってくれ加勢、走ってる者には願ってもない力になり有難いこと。瀬戸内の景観が望めるはずも、降雨で視界悪く見えずは残念だった。あまり見えない海上だったが、天気だったら眺め良いだろうと推測される場所も多々あり、ここはイベントに関係なく再訪すべきだなと思った。

坂道も左程きつい所無しも、雨天で早く走り終えたい気持ちから急いだこともあり、終わってみたら結構脚力消耗してた。審判のゼッケン付けたライダーに抜かれ、良い目標と思い追走続けると横に待避された、先導の意思ないならもっとゆっくり走れ、付かれっるが嫌ならもっと足鍛えろや。

フィニッシュし外人DMと昨日に続き出会い談話、ブース出展商品展示のみ今回は走らず、それに彼雨嫌いだもんな。雨天走行でカメラ持たず、ただひたすら入るだけだったが第1回開催充実したエイドステーションと島民皆さんの大歓迎が好印象、遅刻の醜態で借り作ってしまったので来年も1度参加し恩返しせにゃあ気が済まんな。

JTBで宿確保した柳井グランドHに戻り、コインランドリーで洗濯機回し街の名所、白壁街並みを徒歩で写真撮り終えホテルに戻り連泊、前夜は参加者多くが夕食囲んでたが本日は数名のみ、従業員接待万点も食事と設備は難点あり不満足。

11/8 岩国空港~/8柳井市へ

2014.11.13
7日朝9時家を出発いつものコースで羽田空港手前京急天空橋駅。途中順調で予定どおり経過たどり、空弁購入待合室で食べ機内、本日食べた弁当全く好みに合わず最初の楽しみ消えがっかり。12:55フライト14:40着陸小さい航空機で乗客も少なく、すぐ出てきた輪ゆ袋受取って外で組立完了、市内まで近くタクシーなら1メーターの距離、駅近く町名での宿探しも駅前国道沿いですぐ発見、益田のGoodHグリーンモーリスの系列と勘違いしたこちらHは、グリーンリッチH名前から連想はグリーンビルと思いや、何故か黒く塗られた壁の色に違和感あったが中々か良いホテルだった。

夕飯は近くの居酒屋で寿司とのど黒煮付、小田原の鮨屋でも体験したが世間話から客和ませ、素面の客から勘定ボルしたたか職人、江戸時代士農工商身分制で最下層にいちずけながら、強かに武士を籠絡蓄財した阿漕な商人の原型見た感じ。

一夜明け8日(土)ロングライドイベント開催地柳井市までの移動日。海岸線沿いの国道走行で向かうと簡単明瞭も、直行では面白味欠けるとみて、錦帯橋眺め県道走り継ぎ向かうコース選択、やや迂回も50km程で近くのんびり走り心がける。錦帯橋は旅行で見物したことあり素通りの感じで通過、玖珂で2号国道と合流する県道15、道幅は県道そのものなのに通過車両多く国道以上、玖珂から県道70に分岐車両数激減、やっと田園風景眺めての走りができ安堵。車の洪水都会から逃げてきたのに同じ走りを体験させられてはたまらん。

空腹覚え見かけたコンビニに停車、景色と数台の出入りする車眺めソーセージパンぱく付き、ヨーグルトで喉の渇きいやし時計見るとジャスト正午。小休止終え走りだすと道端に手打ち蕎麦屋の大看板、案内に従い走行し県道から分岐の先方に店舗発見、周り畑と田圃で雰囲気良好味も期待できそうとイン、先客数名食べ終え店出るところ他客おらず、壁のメニュー眺め極少品種からおろしそば注文、品数少ないメニューの店はそばの味に自信ある店、これ俺っち体験上感じてることで絶品美味しく納得。先程パンを食べてなければもり1枚追加できたのに、と思いながら恨めしげにお品書き見上げ後悔。

勘定しながら美味しかったよと賛辞すると『ありがとうございます』と返り、庭先でムービー撮影してると女将が大きな柿持って現れ、『綺麗に洗ってありますからそのまま食べて大丈夫です』と渡され感謝、俺柿が大好物有難く柳井のホテルまで背負い、部屋で食べ慈悲に感謝幸せ実感。古い昔の頃から伝えられた旅人に対する思いやりの大和民族の心、金子乏しいお伊勢参りの庶民の多くが道行く先の住民の慈悲得て旅が成就した、大和民族の持つ思いやりの心失ってほしくない。

11/7 岩国に到着

2014.11.07
明後日に開催されるロングライド第1回サザンセト・ロングライドinやまぐちに参加、その翌日走って島根県益田市まで自走で向かい、3日間ほど支部の仲間と交流帰京する今回の旅は6泊7日で、走行距離は約600km前後と考えてる。

朝9時前に家から自走いつものコースで天空橋、羽田空港トンネル出口カーブから車が出てくるので、道路横断に注意が必要な場所を横断するので万全の注意が必要、前方に交番あるのでいつも慎重に横断してる。交番前通ると2人の警官から『今日は』の明るい声挨拶受け、若者2人に『お疲れさん』と返す、不審尋問でなくよかった安堵。銀行やった直後で、背中に万札背負ってたので、落馬するほど驚いたよ、嘘うそ冗談本気にしないで通報しないで…

天気問題ないと考え3連泊の益田の宿へ、まとめて送った荷物の中に合羽も送ってしまったら、また台風来るも遠く洋上通過ホットするも、岩国に着いたら当日空模様危うしだぜ。先日神さんに『あんた裕次郎みたいだね』って言われたので、ど短足の俺っちが何で裕次郎に、と思ったら『嵐を呼ぶ男』だってさ、違えねえ返す言葉ないわ。

岩国空港は自衛隊と共用空港、どこの空港も市街まで遠いのが普通だが、ここ岩国空港は市街まで自走したらメーター2kmも出ない至近距離、福岡も近いと思ったらもっと近、く恐らく全国一街中から近距離にある空港かと思う。も一つびっくりしたのは駅前通る国道188両側の商店街、シャッター閉じたお店まったく見当たらず元気々。国道188は下松で2号国道から分岐し光市、柳井市と海岸線に沿って岩国駅先で再度国道2に合流する道路。明日はこの道路を柳井市に向かって走行すると僅か35kmしかなくつまらん、そこで錦帯橋から県道1、15、70号と走り継ぎ柳井市目指すことにし、明日朝の天気予報次第と地図眺めながら決めた。

前回パニアバックを初めて使用、後車輪の負荷重量が増加したのが原因で、急なハンドル操作を誤ってガードレール反射鏡に手指が当たり、小指その他切創受け転倒のミスに懲り、今回は荷物大半を3連泊益田へ別送、背中の荷物を最小限にして、重いウオーキングシューズも以前の雪駄に戻し、背負わずサドル下に括り付けた。

益田のグッドホテルはグリーンモーリス、ここ岩国のはグリーンリッチ似ているが別系列、でもこちらも中々よいホテルと感じた。M社長から岐阜の美味い柿が届いたと神から留守電あり、食べたくよだれ流すパブロフの犬状態。

11/4 1日遅れの結婚記念日

2014.11.04
記念Eラン箱根宿泊で本年度110泊目、昨年1年間で110泊なので今年は昨年以上の記録になる。どうしてそんなに外へ向かうかというと、いずれ年老いて遠くへ出かける気力失せる時が来るはず、だから行動気力あるうちはできるだけ遠くを走っておきたいと思っている。近場は遠くへ出かけられなくなってからの遊び場で温存してるのよ。

で次なる行動は7日朝から自走天空橋、輪行羽田空港からANA便で岩国空港へ向かい市内H、翌8日柳井市内Hまで自走、9日(日)ロングライド160km走り連泊、10日島根県益田市まで自走市内Hに宿泊、大阪からの中川ピンクガイ、九州から空港も到着し、以後11~12日まで益田支部員と親睦交流し13日萩・石見空港から輪行帰京、夕方着なので自宅までJR輪行予定。以上6泊7日。

今月は更にも一度遠征あり17日(月)から徳島空港へ飛び、翌日与作439酷道走り大歩危で名古屋からの若隠居と合流、19日439から33久万高原越え1泊し20日松山へ宿泊、21から別行動俺っち伊丹空港まで輪行後奈良まで自走して奈良市内H、翌日22日(土)滋賀県琵琶湖まで輪行長浜泊、23日琵琶湖1周同業ショップの走行会に参加、連泊翌日新幹線で帰宅姫監督の映画上映会に参列、更に翌々日JCRC旧友達で夕食会以上が今月の全予定、13泊外泊追加計123泊で四国内1000km以上走行が達成する。

つい先日若隠居からメール入り剣山周辺道路崩壊で全面交通止め知り、道路情報アクセスすると迂回路なく大幅コース変更余儀なく、鬼脚認定で走った落合峠逆走で祖谷へ向かうコース考えた。祖谷は日本有数の秘境かと思うのでこの際しゃぶりつくしだ。災い転じて福とする転んでもただでは起きない工夫努力が肝要。

昨日結婚記念日52回目も、連続クラブラン続きで疲労困憊となり、本日1日遅れ神とレストランで夕食会。記念日当日神輿から嬉しいメール貰ったので、食事しながら1日遅れで返信すると、すぐ着信あり良かったほんとよかった神輿がわかってくれて嬉しいよ。これわかるの俺達2人だけ、いや4人かも…ベーターハーフは人間には必須、神なくして今の俺っち存在しないと思ってる。

11/2 Eラン10周年記念ツアー帰路

2014.11.04
目覚めると本日は好天で気温も高くなりそうな気配にでにんまり。朝9時過ぎ15人の主力班宿泊する別陣へ向かい、自走班は国道138を千石原から金時トンネル抜け先行姫達を追う。御殿場市街を抜け籠坂峠越え旭が丘で合流、昼食予定も食事処超混雑で後続連は山中湖畔平野まで移動、空いてるラーメン屋にイン取りあえず間に合わせ。

半世紀以上前の昔の20代若者時代、3/8WO車輪の3段ギヤサイクリング車マルト号で、八王子自宅から大月、富士吉田、御殿場、長尾峠、千石原、強羅、小田原、平塚、厚木と回り自宅まで走った事を思い出した。その当時は一級国道甲州街道も八王子市内の舗装路面も穴ぼこだらけ、大垂水峠も舗装は頂上東京側だけ、茶店富士屋の看板娘サダコちゃんんも若かった、相模湖駅は与瀬駅と言われ舗装は駅前だけ、その他もすべて舗装は駅前のみ踏み固められた地道ならまだよいが、大月から富士吉田への上り勾配、砂利が浮いてる路面で車輪が埋まるり、ハンドル左右にふらつかせながら走り、自動車など時折走り去るだけ、今考えると壮絶な自己鍛錬走だったな。

籠坂峠からの下りも長尾峠も未舗装、千石原への下り道バイク数台とすれ違うと、巻き上げられた砂塵で前方見えず、バイク兄ちゃん達手拭い覆面12時間走り続け、道中固形物食べることなく、氷のれん見てはかき氷食べると、砂塵口の中にありじゃりじゃり、腰曲げたまま自宅縁側に転がり込んでフィニッシュは23歳の大学生の夏体験。あれから半世紀以上何の故障もなく走り続けてるが、考えると素晴らしい自転車人生だと思う。

肺活量1800CCしかなく子供の風船も大きくふくらまず、子供が3200CCの神さん手元に風船持ってくのよ、握力29kg、心拍70、好き嫌い多く体重48kgで低血圧、肋膜病んだことある虚弱体質だったのに、全日本ロード選手権で3位入賞できたのは何が理由か俺には分かってる。闇雲に走っても体力ある相手には力負け勝てるはずはない、考えに考え自分流の走法を会得したことと、同士と団結目標に向かって突き進んだことが結果オーライとなったと思ってる。

目標って仲間を東京オリンピック選手に送り出すことだった、50年昔の東京オリンピックのことだがまたオリンピックが来るね。話は横道にそれてしまったが10周年記念Eラン、平野で昼食すませたのち後半は山伏峠越え道志道を下り、三ヶ木、津久井湖でトイレ休憩城山から目白台抜け直行帰宅も前日の強羅の激坂上りで軽い腰痛気味。一宿一飯分宿ではいまいち、次回は素晴らしかった紀州鉄道箱根ビラを本陣に箱根詣を恒例にしようと考えてる。

次回は10周年記念ジャージで箱根攻略楽しみに来春を待たれ。

11/1 Eラン10周年記念ツアー。

2014.11.03
早いもので今月でEラン誕生10周年となり、皆さんの熱い希望から近場温泉地で一泊二日ラン、楽しみの当日がやってきたが生憎の天気。最近俺っち向かうところ雨台風続きで散々、今回もアンタが雨連れて来ちゃたのと違うと、俺っち悪いかのように神に言わても返す言葉なし。昔は雨坊主に俺っち独走の時だけ来いよ遊んでやるから、皆と走るときは来ないでって天に向かって言ってたけど、最近なんも云ってやらんから坊主へそ曲げたかのかな…

なわけで朝から降ったり止んだり冴えない天気、気を利かせたSam 車での出迎え受け立川CSへ向かう、寝起き襲撃され1時間間違え家から出て、立川店近くのマックで好かんバーガー食べ腹凌ぎ、店へ向かうと続々集合の面々早駕篭多し。気温も低く風邪ひいたら敵わんなと思うも、取りあえず降ってはいないので着替える。早駕篭5台と自走9車に輪行別働隊2名で出発した一行は時間通りアポ13時うな和到着。熱血主の出迎え受け貸切座席で美味いうな重で腹ごしらえ、14時前主に見送られ、東海道中最大難関箱根の山越え、3連休道路は早駕篭で滅茶混みも、雨天でサイクリスト皆無で自走はある意味気楽だった、大平台、宮ノ下と比較的順調に走りぬけるも強羅が大変な急坂、別宿ホテルも災いしてんやわんや騒動。

3宿に分かれてての宿泊は、何やら初期の美ヶ原温泉ロングランを思い出すも、目と鼻距離での分宿と違い数キロ離れては遠すぎ、濡れて疲れた身体には陣地巡りはとても無理、そのまま部屋で古強者の鳩首会議じゃ。電話予約も成約メールの連絡無しは阪急交通社の重大手落ち、成立してるは3名のウエブ予約だけ、敵さんどんな和議条件申しでるか見ものだな。大将陣地設営した災難の紀州鉄道の対応素晴らしく、26名受け入れが僅か3名のみでは営業にならんはず、紀州殿に痛く同情するも俺っち私財投入は大阪阪急野郎の応対次第だ。こちとら江戸っ子田舎っぺでも伊達に歳とってねえから阪急と合戦じゃ。

でもなあ俺っち餓鬼の頃からトラキチ、阪神タイガースの大ファン、若林って俺っち親父の旧姓あれ?御免話が脱線しちゃったな、鉄道が脱線したら困るわな。
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