2/1~2/8 宮古島で走りを楽しみますぜ。
2013.01.21
台湾から30日に単身帰国するとすぐ、2月1日~8日まで宮古島へ向かいます。勿論自転車持参独り旅の自主トレ、那覇~宮古島間往復チケットのみ取得済み。羽田から那覇間はチケット予約しておらず、例のシニア特典割引を利用する予定なので、チケットは当日早朝空港で取得するつもり。今回宮古島を選択したわけは平地で距離延ばそう思ったのと、何度も走ってる沖縄本島は面白味に欠けるし、車が多いのも忌避した理由。今年の内地は例年に比べ寒さ厳しく、先日の積雪量が意外にも多かったことから、残雪が道路脇に残って、昨日の亀ラン帰路も鶴川街道から遠回り帰宅思いつき実行したところ、鶴川街道に入ると狭い路面に車が多く、小田急沿線駅前が建物日陰に残雪あり、車渋滞でキープレフトで走れず往生、生田駅前から左折山越えして、走りやすい路面追って右往左往、腹減らし疲れ切って帰宅した始末。
ここ数年冬期移動してなかったので冬の走り込み不足から、年間走行距離が延ばせなかったものと判断、歳老いたら寒い冬は暖かい地方が何よりと考え。滞在8日間で1000kmを目標に設定し、達成できなかった場合は引き続き沖縄本島に残って、距離達成してから帰京するつもりの二段構え。今年こそ走り込まないと、加齢が間違いなく重みになるはずと覚悟している。二人の先生の守護霊背中に決断の1年間のスタート。
で考えたことは、各地で開催されるロングライドに毎月1回、参加を義務ずけ実行してみようかと考えている。
まずは手始め2月24日沖縄県南城市ECOスピリットライド160kmに参加する事に決めた。
3月は奄美大島240kmの再挑戦、4月大会は未定、5月は佐渡島210kmこれまた再挑戦だ、同行希望者あれば申出て下され、楽しみを共有しましょう。また各地から声かかれば何処でも馳せ参上しますぜ。
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月末28~30の3日間台湾に出かけます。
2013.01.20
遠縁の親族が見つかり郭先輩の葬儀執り行うことになったと過日朋友から連絡あり、今月末28日から3日間渡台することに決めた。葬儀が中歴市内で29日ということから、前回宿泊した宿のリザーブ連泊で依頼してたら、昨日のこと、田舎町に連泊は退屈でしょうから、次の日は台北に宿取りましょうと有難い気配り電話。台北松山空港からは、自分で中歴市に向かうから出迎えは不要と伝えたのに、『あなたは台湾慣れてるから大丈夫ね』と一度納得したのに、『やはり迎えに行くから到着時間教えて』だって、嘉義市から遥々出迎え申しわけないが親切に甘えるこちとに、『今回は遊びで来るのではないからお土産は不要だよ』『親戚といっても遠い親戚で、付合いも無かったので関係ないよ』『服装も普段着でかまわないよ、日本のような黒い服とか必要ないよ』の気配りには頭下がる。
思い返すと亡くなった郭先生とは、ツールド台湾に我がチームが参戦していた11年間の後半3年間は、俺っち大会役員でフィニッシュ写真判定作業に従事、2週間の大会期間中毎晩ホテルの同じ部屋で寝食共にし、語り合ったので親しさ格別の仲だった。
郭先生の仕事は大会で最も大変な裏方作業、毎朝誰よりも早くに会場に向かい、選手役員全てが退場した後も黙々と片付け作業に追われ、誰よりも遅い時間にホテルに戻る毎日。俺っち自身も日本で大会を開催してた事もあり、その労苦が痛いほどわかり相通じるものあった。俺っちの仕事はフィニッシュ写真なので、朝方の仕事は何も無かったが、郭先生運転の車に同乗して移動の毎日が続き、これが楽しく大変勉強にもなった。レース開催に至るまでの行政との折衝、終了してのあいさつ回りまで全てを仕切り見識交友の広さには常に敬服した。
いつの日だったかアジア自転車連盟のボス選挙前の食事会、舞台裏でおこなわれていたイランとコリアの駆け引き、食事しながら委細眺め俺っち耳に囁いた郭先生の鋭い指摘。アジア各国の自転車連盟役員、UCI役員達の台湾車連への要求、お偉いさんの裏姿を逐一知らされ、役員選挙の舞台裏も覗け勉強になったなあ。裏の駆け引きが全く不得意な日本人、政治の国際社会の縮図見た思いだった。
郭先生からは実に多くの事を学ばされ、交友関係も幅広がり我が人生に役立っている謝謝。
大晦日 郭 金仁先輩旅立つ。
2013.01.03
昨年12月18日、19日に訪問対面した台湾の郭金仁先輩、老人性痴ほう症状況おもわしくなく3月再会約し帰国、その後あれこれ対策考え病状考えると一刻も早く対応が必要と考え、1月再度渡台でチケット予約した旨を台湾の朋友に先程電話したところ、あんたに今電話しようと思っていたところで、実は大変なことを知らせなければと、大晦日の晩方アパート1階床上に息途絶え倒れてた郭先生を、隣家の方が元旦に発見し連絡受け知ったたという。原因は脳梗塞の不自由な身体での孤独生活、最後にあなたに会えたのは郭さん嬉しかったと思うよ、あんたも良かったねと言われ、涙が頬を伝わり流れた。前日届いた国際郵便の俺っちとツーショット写真が遺影とは、改めて再度写真眺めて、いい顔して写ってる先輩の顔に目礼。
葬儀日程等は決まり次第連絡すると曽朋友、詳しくは会った時に話しますよと、国際電話料金を遠慮したか手早く喋るだけ喋り用件伝えると、こちらの話碌に聞かず終えられた。今となったら会って話せばまあいいわ。
復路便空席待ちで予約中の1月渡台チケットをキャンセル、連絡あり次第出国する事に変更しスタンバイ。
新年早々悲しい体験からスタート、現実は変えることは出来ず受け入れるが、転んでもただでは起きないが俺っち信条、郭先輩に守護霊になってもらい邁進がマイウエイと理解。
合掌。