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6/28 今年二回目の日帰りロングランは柳沢峠。

2009.05.31
朝6時半E―Dスタート峠めぐりロング走、隣に神さん寝ていない独り寝で起きられるかな?一抹の不安もいつも通りの夜更かし、朝寝坊はだめよと頭脳へインプットして寝床へ。5時目覚めも少し眠りたかったが二度寝は危ういとそのまま起床、切り餅1枚トースターで焼き磯部巻き、お茶一杯飲んで集合場所へ向かう。

もし寝坊したも後から追えばええじゃん、俺っちノンストップ走だからいずれ追い付くわ、心配することないと気楽なもの、万事こんな感じではストレス発生するわけないけど、相手がストレス感じてしまうのでは?う~んそこまでは考えておらんわ、とあくまで気楽。

目覚まし時計セットですべて解決も、実は目覚ましベル音が大嫌いなのよ。野球少年だった中1少年期にグローブ欲しくてなあ、新聞配達の仕事見つけ小遣い稼ぎ、子供のころから早起き大の苦手だったので、毎朝目覚まし時計のベルに起こされ眠い目こすりながら朝刊配達。成人してのちも目覚ましベル音聞くと、心地よい眠り破られた悪夢だった遠い記憶呼び戻され、これ嫌って目覚ましベルは鳴らさないのよ。

考えるとこの新聞少年時代、毎朝駆け足新聞配達の経験が足腰鍛えたのかも知れん、後日自転車競走体験でよほど役立った。運動能力すべてが誰にも劣る体力でありながら、唯一、足腰の強さと柔らかい筋肉だけは人並み以上、これが歳を感じさせない走りが出来る原因だな。

欲しいものあれば自分の稼ぎで手に入れなさいが親の教え、小さな頃から銭稼ぐ大変さ身につけ育ったはずも、成人しても案外気楽に金使ってるがどうしてだろ、これって性格なのかねえ。友の母親が還暦過ぎたわが子に、『男は友達付き合いに金けちってはダメよ』って小遣い与えた話聞き、昔の母親は偉いと頭が下がった、今時こんな母親居らんだろうな。俺っち親父から教えられ背中見て育った、我が子は二人とも娘なのですべて神まかせ、俺っち批判されっぱなしも、まともに育ったからまあええか…

いまいち不安定な天気と脚力不足メンバーで48人中全コース(175km)走破13名のみ、大半は奥多摩湖畔から小菅村、鶴峠経由上野原から大垂水峠の115km、雨に合わずEーD帰着も雨中の力走完走班には2pプラスじゃ。
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人生も七十数年経験すると色々あってのう。

2009.05.28
昨日俺っち神さんドイツ旅行に旅立ったので、来月10日頃まで2週間ほど留守で俺っち独り住まい。掃除、洗濯、食事すべて神まかせ、家の仕事一切せずの俺っち、考えると育児もせなかったなあ。でもなあ、仕事だけはは誰にも負けぬほどやったと自負できる。確かに自転車は直せんけど、前職モノクロラボ業時代の暗室作業、天職と心得俺っちにはこの仕事しかないと超頑張りよ。育児、子育ての頃仕事に追われ、余裕もない金もありませんで家族皆で慰安旅行もままならず、記憶に残る行楽体験EーDサダ爺家族との数回加えても片手で数える数だけかも。

気軽に行楽を楽しめなかったのは免許持たなかったこともあり、車持ちません運転しませんの主義は、別に今のエコこだわりと違って、まったく自分に過失なくても、運転中もし人をはねると、何らかの過失が付けられる法律が納得できず、不合理な制裁避けるには運転しなければよいと考えたから。

半世紀を越えるサイクリング人生楽しみに没頭してるが、これまで救急車で病院へ運ばれたこと4回あり、T字路で信号無視飛び出し右折し、直進する車に撥ねられた事が一回あり、俺っちに全過失が事故原因と主張したが、法律は運転者にも過失求めるのよ、これは運転者に痛く同情ハイカあげたっけ。赤ちゃん生まれたばかり、奥方入院中の相方に悪かったなあと慙愧の思い。

話はあらぬ方向に飛んでしまったが、EーD水曜ラン1~2分遅刻で後追い合流は16名、厚木小休止で2名離脱14名で小田原へ向かい定番『うな重』食べ、3時前にはEーDへキリン姫まで戻れる余裕はなんじゃい。しかもキリン姫、雨の佐渡島210kmロングライド完走してるのよ、Eeeラン効果ってすばらしい”サイクリングは皆で走って一休み”がすべてじゃ。

地球交響曲撮影隊グレック一行と三泊四日ツアー。

2009.05.24
奈良県明日香村、天川村、十津川村、三重県熊野、和歌山県新宮で撮影同行ツアー終了、チーム監督運転の飛脚便でかっとび帰京、日が変わる寸前時刻に無事に帰着した。遊びの後の日課で書類から請求書等のみ抜き出し整理、風呂に入って眠りに就いたのが朝方4時過ぎ、7時過ぎ目覚めるも『雨降ってるよ』の神の声、慣れぬ長距離ワゴン車乗車しての旅で身体じゅう痛み、Eラン出かけることなしにすんだはラッキー。

その後電話で一部仲間達がTOJ観戦で大井ふ頭へ集結した様子知る、雨降る中での観戦で感染したらシャレにならん、新インフルエンザには気おつけぬとな。雨降りEーDも休み自室で書類整理作業続け、午後2時過ぎにすべての作業終わってツアー報告のブログ作成じゃ。

Gレモンが自転車はストレス癒してくれるので大好きと言ってたが、雨降れば休めということよな、すべて物事自分に都合よいよう考える、俺っちにストレスなどあろうはずも無く、自由奔放勝手気まま気楽なものよ。人間古希を過ぎると誰しも餓鬼に戻るようで、人生はロ-ドレースのようなものかと思っていたら、実はクリテリュームで終わりよければすべて良し、これって輪廻の考え方のようにおもえるけど。宮司に説法聞かされ忍者名『楓』という、くの一に出会ったのも何かの縁?なのかなあ。

今回のツアーは撮影隊と合流前日家老と明日香村から峠上りの山越えして、吉野、、下市から309、県道138、20、168、49で大きく一回りし橿原の宿まで戻った120kmと合流中日に天川から、みたらい渓谷まで戻り、168大塔道の駅まで戻り昼食、日本一大きな十津川村抜け峯の湯温泉まで、家老先導にマークオンリーで走った120km、下り基調だったと言え上りもあったので、AV27kmで走り切った家老も豪脚。とても俺っちには真似できん。この2日間は思いきり走りを楽しめた、撮影で拘束されたGレモンにはちょっぴり気の毒だったあ。

俺っち一行はそれなりに楽しめ、体験を次回企画の参考にするつもり。お待ちくだされ、日本文化発祥の地を巡るサイクルツアー実現させますわ。

奈良からレポート。

2009.05.19
朝9時自転車ではなく自動車で監督運転、家老助手席、俺っち後部座席でEーD前出発。向かう先は奈良って言っても、今年は我がチームTOJに参加してませんので別件で、実は昨夜半レモンが関空に到着、ごめんフルーツではなく本物の、つまりツールの覇者だったあのグレック・レモンよ、俺っち心の友が魂打ち込んで製作してる映画『地球交響曲』第7巻に出演。

G・レモンが日本の古文化にふれ合いながら吉野、熊野の山中を息子連れでプライベートで走る姿、これを映像で追うと相談され道案内を引き受けたわけ。明日から先月試走すませてるコースを4日間かけ紀伊白浜まで向かう。俺っちと家老は出演するわけではなく、走る親子を見守りながら自分らの走りを楽しむだけ。家老も休ませ保養させんと俺たち先が短いものでのう。

週末紀伊白浜から空路帰京の一行と別れ陸路を戻って、翌日日曜日Eランで大井埠頭のTOJ最終日観戦の予定。G・レモンも当日はプレゼンテーターで会場に姿見せる段取り、いつものクラブ担当の自主警備コーナーがEラン目的地。都心からの仲間は集合地点までくる必要なく、そのまま会場に向かって結構です。

また水曜EーDランは野武士、蒸気機関車、煙男、自転車大尽(これ全部一人を表現したもの)わかるだろ、EーD鍵渡したので皆を接待してくれるはず、煙は吐くわ顔は怖いが大丈夫噛み付きません、親孝行な息子だわと口には出さずも母親が感謝してる意外だよなあ、人は見かけだけで判断してはいけない見本、俺っちこ奴から学んだわ。

春ロングラン 松本美ヶ原こぼれ話。

2009.05.18
皆が楽しむ様子眺めやって良かった、またやろうと活気みなぎる俺っちだが、これだけ集団が大きくなると一人ではとても無理。毎回多くのボランティアに助けられての運営、同業者にあっては大事なお客様接待でもあり、義務として当然な面もあるので俺っちとしてはお互い様で今後も通す。

これまで当日を出勤日として社員を伴走させ各班リーダー、サブを任せていたが、前回から当日二日間を休業日と決め、参加する場合は参加費を支払うシステムに変更。なので、今回参加した社員は自由意志での参加、立場上は参加者皆さんとまったく同じく参加費払っての参加、同好の士と認識付き合って下され。

員数が多数だったので各班を細分化の必要あり、リーダー、サブも多数必要なことから日頃の走りから、本人の了解も得ず勝手に決めてしまった為、自由な動きを制約され不満感じたとしたらごめな。

往路互助会走なので同じ走りはつまらんかもと、帰りはフリーラン勝手にどうぞはいつものこと。帰りも同脚力が行列は結構、でもなあ、どこまでもそのまま付いて走るではなく、先頭交代し前を走って集団先導する責務も体験してほしい、体験しないとわからない何事も同じ、特にサイクリングは風圧との戦い、先頭の負荷は大きく追走は楽なもの、脚力つけ技術向上するには自力走あるのみ。

帰路めちゃ飛ばして走る酔いどれ侍眺め、家まで帰る速度では無く何を血迷ってと追う、案じたとおり上野原の坂で失速『飛ばしすぎよ』と、小言言ったがこの気迫が脚力向上につながって、往路リーダー任せた信頼を生んでいる、還暦に向かう世代でこの頑張りは見習おう。酒飲むのは見習う必要無いがこの走りは見事よ。

帰りフリーラン面倒見てもらえませんと認識、サポートカー頼りにせず何かあったらJR輪行帰りを覚悟で走ってほしい。あらゆる体験が人生に役立ち活用できる『遊び』から学ぶこと多々ある。

次なるイベント蓼科高原秋のロングラン確定。

2009.05.15
大好評で無事終了した温泉一泊ロングラン、続いて秋の大会は蓼科高原まで往復350km。昨日アートランドホテル蓼科の担当営業が来処、詳細打ち合わせた結果9月26(土)~27(日)に確定。

今度はホテルが大きな豪華ホテルなので員数も150~180名程度まで確保、より多くの仲間が参加できるよう対処し、多くの仲間と楽しさを分かち合いたいと考えております。

大きいことは素晴らしい、ホテルが大きい、お風呂が大きい、かけ流し露天風呂の豊富な湯量に驚き、全員一同に会し食事ができる、豪華な部屋、豪華なベット、個人で体験しようとすれば間違いなく大枚が消える施設に、金一枚と朱二枚で泊まれるとなれば押っ取り刀で参加せい、者ども結集じゃ。

E班で走れば距離が美ヶ原温泉よりやや短いぶん若干楽なはず、また逆にA班を選択すると、麦草峠2127m越えがあり、前回より更にハードな体験が待ち受け、走りやには大満足体験となるかと思う。C班も前回より若干きついのかなあと思われる微妙な感じ。

募集要項を作成したので、各店舗とEーDにて明日から配布する。希望者は入手しコース検討試走等試み気づいたら新提案を頼むわ、より楽しいイベントに育てたいと常に考えておるのよ。

皆に喜んでもらうことに生きがいを感じ、皆から貰うパワーを背に、自分もともに楽しみながら残り人生を全うしたいと考えている。遊びで英気を養い、景気低迷に耐える、頑強な精神力を鍛えようと忍者は考える。次々にイベント企画考えるれば、気に入るのもあろうかと思う、まずは気晴らし、目線を変えてみな。

5/9→5/10 美ヶ原温泉一泊400kmラン報告つづき。

2009.05.14
今回のロングラン、いつも同様俺っち担当はE班最弱の亀ペーサー、想定班内最弱メンバーはラスター先生、くの一関白、直孫と旧友孫のYB2人で計4人。目的地までの200kmを休憩時間含め11時間45分、走行スピードAVR20kmは、練習不足に体力不足加えた旧友孫はまずどこまで頑張れるか、練習不足も体力ある直孫は暑さに耐えられる心配、ラスター先生は非力な登坂力とスピード不足、心配ないのはくの一関白だけ、信頼確実のジャンボに先鋒任せ、C班から転じE班速度に不慣れな家老を中堅、俺っち後陣3班わけで高尾山口出発は6時。いつものEラン亀班速度より遅いペースの大垂水峠、最初の4kmでラスター先生遅れましたの報耳に、エッ!200km以上走る道中もうかよ、時間内到着の限界速度走行スピード落とせんと見捨てる。

雛鶴大まんじゅう屋、笹子下と小休止続き、笹子旧道上り押さえた速度に先行姿消した直孫、トンネル抜けた頂上に姿無く、先行集団追った様子に無謀自爆懸念、結果は的中途中リタイヤ、穴山手前でスタミナ無くした旧友孫の姿、これまた限界直前と判断蔦木宿で離脱させる。

休憩地で何とか追いついては復活のラスター先生、富士見峠で400m遅れ聞くも待つ時間なくそのまま走り、諏訪湖手前道路新設に道迷いタイムロス、追走皆なさんごめんな10分ほど損したな。

諏訪湖畔トイレのラスト休憩後急坂バイパス抜け塩尻峠、関白俺っち後輪にハスるも落車せず、先日も同じく無事だったさすがくの一極めたか。到着予定時間やや遅れたが道取り違えなかったら定刻、今回は関白が苦もなく完走できたのはマーク走のうまさがモノ言った。より接近走行するほど風圧避けられ楽に走れる、風圧避けて走る技術の巧拙が結果を左右したようだ。

マーク技術の習得、力無いものが実力以上走るにはこれきりない、くの一は怖がって車間あける者多い、ハスッても転ばなければ車間詰められる。瞬時のブレーキング技術も合わせ磨く必要があるが、これとて難しいことではなく、時間さえかければ誰でも会得できる。机の上の学習が苦手でも『遊び』では、楽しみながら学習できるから人を選ばない。

5/11~13 五島列島サイクリングから帰る。

2009.05.14
慌ただしく二泊三日五島列島サイクルツアーから晩方帰宅、たまった事務処理すませ、5日間500kmを越えるサイクリング疲れから一度寝床に入るも、まずは簡単な報告だけでもしておかねばとPC前に座る、やっぱ忍者は筋金入り。こんな気力が出るのも、皆が俺っち企画に喜び参加してくれるからで、充実感で満足してる皆さんの顔眺めると、ようしまた頑張ろうと疲れが吹っ飛ぶ。

実弟勇も400km走ったロングラン翌日から、夫婦してドイツ旅行中だぜこっちも凄いぜ、仕事も遊びもがんばるキ印爺さまを、これからも皆で喜ばせ長生きさせてて下せえ。次々新しい企画を提案し、皆を悩ませることを生き甲斐にしょうよと企んでおる、油断めさるな爺は曲者じゃて。

本日午後は次回第12回温泉一泊ロングランで、宿泊ホテル予定のホテル営業が来社するので、多分9月26~27の日程が確定する。もし確定したらただちに募集を開始する。今度はビックホテル宿泊、入浴、食事が全員一緒にできるのでさらに楽しい。参加するっきゃないな。

今回体験した五島列島も沖縄代替えで、この冬再度楽しみたいと考えている。福江島と久賀島だけ体験、同じ名前の奈留島は遠く眺めただけ次回来訪に残した。五島列島最大の島福江島はアップダウン多く、海の幸が最高で刺身に舌鼓、酒が飲めたら天国同然よ、下戸にはちょっぴり残念も交流の輪広がる予感胸に帰宅した。

ラッシュ時帰京なので自走帰宅予定だったが、時間開いてるので前日出迎えるからの電話入り、羽田から自宅までは輪友マイカーで帰宅は疲れてたので助かった。俺っち幸せ者よのう。明日はマッサージ治療受けぬと身体こわれそう。

5/9→5/10 美ヶ原温泉一泊400kmラン報告。

2009.05.11
第11回温泉一泊ロングラン(美ヶ原温泉)2日間雨天、最悪開催となったた昨年度大会と打って変わり、2日間共好天気絶好の条件下無事終了。参加者諸君お疲れさんでした、サポートの皆さんにはご苦労産でした、毎回のご協力感謝です。

多くの参加者が完走し満足の充実感に浸るなか、数名のリタイヤ不満残した方が発生してしまった、本人たちにとっては無念の結果となってしまったが、次回大会(9月秋の12回)にリベンジを心に毎週のEランで脚力、精神力鍛錬に励んでくだされ。

沖縄で同じようなイベントを仕掛けてほしい思いから、誘った沖縄最大のクラブ活動の拠点になっている同業店主、忙しい業務をさき大会に特別参加往復400km以上距離を完走、体験したノウハウを生かしぜひ沖縄の地で、大会を仕掛けてほしいと思う。ヒデ爺お手伝いしますぞ。

また販社社長も遠く名古屋から上京、初参加見事往復完走は賞賛もの、業者として何をなしたら喜ばれるだろうかは、参加者と行動共にした得た体験は貴重なもの、今後の商売に生きてくるはず、いや生かさねば勿体ない。

販社甲府城主も、地元を通過する隣国の侍集団爺様忍者の私心なきリーダーシップを、同じく戦場体験した侍心確り納得理解されたか、大歓迎の陣中見舞いの砦構築には参加者一向大喜び、さらに城主自ら免許皆伝脚捌きを披露、いたく感動した仲間も多々あり有効、効果あわせ技で一本となった。次回はわが陣中まで同行、俺っち重臣たちと一宿一飯も考慮してな。

いま川崎市内ホテルで目覚めたので、ネットカッフェに向かい隣室のいびき聞きながら、とりあえずの報告だけ、10:30のANAで福岡乗り継ぎ五島列島に飛び、新しい遊び企画の立案に向け島内をサイクリング水曜日夜帰宅する予定。遊んだ後は大忙しよ、皆も仕事がんばれよ。

俺っちもあと30日で74歳、わが人生も残り少なくなった。磐石の態勢を整え娘夫妻に会社経営、クラブ運営も次世代重臣たちを育て、なるしまフレンドで買ってよかった、なるしまフレンドクラブ員になってよかったと、皆に納得してもらえる組織づくりが俺っち任務と老骨に鞭打っている。

全身から塩吹きながらがんばり走る仲間の姿、これが俺っちに信じられないパワーを与えてくれる。後いつまで走れるか皆に負けぬよう忍法を磨く。修練は一生、来週からEラン楽しもうな。

集団で走行する走りを後方から眺めると、Eラン5年の実績を痛感する。皆の努力成果は走る姿が如実に示している。年老いても若者相手に楽しめるサイクリングは最高じゃ、来月から甲斐の国にED第2弾も着々準備中、喜べ皆の衆また楽しさ倍増じゃ。

2009春ロング近し、皆で走ればこわくない。

2009.05.06
久しぶり走った2日間の疲労で疲れ切った筋肉休めることができ、朝から止む気配なく降り続いた雨、Eラン中止は老体にとって恵みの雨だったよ。ありがとうよ雨坊主。昨晩は大爆睡だったようで、大分疲れがたまってようで休めて良かったねえと、神から一言頂戴しちゃったぜ。

欠場者数名あり最終宿割決め各旅館に通知、週末天気は回復すると見通し明るくほっとした。昨年は往復共に雨天の最悪条件、多くの戦士が途中脱落散々だったが、今年は多くの仲間が完走の充実感を味わえるだろう。上り勾配続く往路200kmは、房総半島走った250kmより強度高いが、皆で走れば苦も楽に変わる、完走者にはボーナスポイント2Pプラスするわ、がんばれぇ!

半世紀以上走り続けた忍者自転車乗りが、騙しのテクニック駆使し往路案内引き受けた、不安感じる初心者は俺っち後ろに続けばよし、出発前日も高尾の湯でリラックス、今回は温泉三昧楽しむツアーにしよう。往路は皆で助け合いながら走る、自転車の楽しさ体験の追求、『なるしまロングランだったから走れた』と初心者に言われるような走り方、直参侍各氏は充分理解してるはず各々方頼みまっせ。

二日目復路は自分だけで走るもよし、誰か連れて走るもよし、気ままな走りを楽しんで下され。自転車の楽しさは様々も、長く続けて楽しむ秘訣は完全燃焼するような熱中はせず、程々適当に楽しむことがすべてじゃ。『遊び』というと聞こえが良くないが実は、『遊び』は人生になくてはならぬものよ、『仕事』だけでは息が詰まるわ、『遊び』を楽しめる人はまた『仕事』もできるはず、両方に精通した古希過ぎた爺さまは断言する、男は『遊び』をあれこれ体験するほど、大きく成長するんじゃて。

さあ『遊べ、遊べ』ったて、バカ者仕事してから遊ぶんじゃ、仕事もせず遊んでたら生活できないだろに。まずは余暇を遊びに使え、そのうち遊びが仕事になってしまう、俺っちが手本じゃ。最高だぜ。

5/4 腹減って目を回した大幡峠Eラン報告。

2009.05.04
昨日に続く松本ロング対策Eラン、員数ぐ~んと少なくなりコンパクト。今回からE班担当になった家老先導で当日のE班スピード想定、相模湖小休止も省略ひたすら目指すは雛鶴。大垂水峠下りコーナー丸井後輪バースト、老朽化したタイヤサイドがチューブ破裂で粉砕し、リムからタイヤが外れ転倒も軽い打撲ですみ幸い。特に高圧好みの者はタイヤサイドの点検をこまめにやってな、クリンチャーはタイヤ外れが発生するので、俺っちクリンチャー大嫌いチューブラー最高。狭い国日本でアメちゃんの真似することはないわ。

何を勘違いしたかもE班スピードとは思えない速いペースは集団バラケ発生、失敗したほうが本番ではうまく走れるかもと放置、まんじゅう屋で小休止後E班スピード確認しながら、大幡峠目指し頂上折り返し、帰路の雛鶴峠がきついので富士見峠越え程に匹敵。体調不良から復活二日目ではがんばりも限界、先頭ひき続け疲れ知らず家老に続き峠越え、往復した戦士に再度まんじゅう振舞うも、自分では2ケは食べたくないと口にせず、これが命取りになろうとは…

快調に走れたのは牧野の急坂まで、ゴルフカントリーの坂から急失速ハンガーノック、20号へ出て藤野そば屋に向かうと本日休業、よれよれ走って相模湖で『カルピスウオーター』と『ミルク紅茶』合わせても100カロリー、千木良信号の蕎麦屋目指すもここも休み、ついてねえなあと大垂水峠、おあと1kmで貴婦人家族ツアーが目前失速走行中、追い抜いたつもが追い駆けられる変な展開、頂上目前ラーメン看板『富士屋』に駆け込み、『ギョーザ』2人前注文。

あれこれ話すうちに昔むかしのその昔、峠越えのバスが休憩停車した時代、看板娘だった○○子ちゃん、元気にお店切り盛り中いやあ懐かしのその昔話に花咲いた。この店『サイクリストの休憩所』にしちぇとまずは自転車ラック提供してぇとピポパ。

今度の日曜日から自転車ラック設置するので、サイクリスト諸君一度は立ち寄り『大垂水峠名水』でつくられた昔風『ラーメン』味わってな。癒しの心持った老夫婦に昔の峠話でも聞き、美空ひばりとツーショットの娘時代の○○子ちゃんの写真見せてもらって。

見えない糸にたぐり寄せられた感じ、サダ爺の事もよう覚えていて、思いがけない体験に感激。

5/3 春ロング対策第一弾雛鶴峠越え折り返しラン。

2009.05.03
体調崩し11日ぶりサイクリング。助っ人は新装備されたホイール、孫を後ろに神と鬼娘見送リ受け出発、あれ!走らないぜ足動かさず走れるのかと思いきや、何だやっぱ自分の足でペダルぶん回さないと走り出さないのよ、ちょっと失望でもな走り出したら感覚全く違うじゃん、雲の絨毯上歩くかの如くふわふわするのよ、あれぇって思い止まって調べたら空気甘いの、思い出したわ原宿城主にチューブがブチルではなので毎日エアー充填してって言われたことを。

急きょUターン家に戻ってエアー充填の出直し、スプロケットに遊び無く踏み込み即反応わ凄い、でも自分の足で回すんじゃないぁ、多分価格的に3倍はすると思うので、昔ながらのロープロフィールの完組ホイールで俺っちには充分よ。自分の足で回さない、または、駆動力アシスト車輪が発売されたら装備するわ、俺っち生きてる間に完成するかどうか?

雛鶴峠越え下りどこまで転がるか試してみようと、足止めたまま成り行き任せ日向、日陰の橋渡りちょっぴり速度持ち直すも禾生までは無理で手前コンビニ寸前で失速、火星まで届いたらロケットも脱帽するはずよな。車輪のテストも11日ぶり乗車じゃはっきり違いがつかめず終わったので、明日もう一度試してみるつもり。

走行128km。 5時間43分。 AV22.3km。 
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