2007年を思い返して…
2007.12.31
本日今年のラストラン用事を兼ねて東方面チョコと走り帰宅は30km。路上に車列見られずも寒風強く、遠回りして帰ろうの気分にはとてもなれず、わき目もふらず折り返しの帰宅となった。今年1年振り返ると1月は14日間走って1200km。正月沖縄でキッズチームと一緒に雨の中辺戸岬までの220kmがロング筆頭、他に100km越えた日が4日間あった。2月も同じく13日間で月間1200km、100km越えた日も5日間で全く同じ。最長距離は平塚まで走り、三島まで輪行、熱海峠、十国スカイライン、箱根、小田原、自宅までの160km。3月は16日間走って月間1500km超え、最長記録は日本CSC往復22kmnと230kmの2本のほか、100km超えが3本。1~3月の冬季間でほぼ4000kmは、前年の年間記録18000km記録更新確実で冬良く走った。
4月100km以上の走行日が8日ありながら、12日間で1200kmに満たなかった。5月はロングランイベントあり両日共ほぼ200km走り、他に100km越えが7本あり月間1500kmを超えた。6月は15日間で1200kmに届かず、100km超え走行6本で最長は小田原、三島間輪行の日本CSC往復の200km。7月は15日間走って1700km、千曲のホテルから麦草峠越え、七里岩ラインを自宅まで帰って240km。成田ホテルから房総半島雨の中走り続けた240km。牛若、弁慶たちと琵琶湖岸200kmと200km超えラン3本、100km超えが4本と充実で、この4か月間で5600km。
8月になると酷暑、立川新店開店準備、前月の乗りすぎ疲労と重なり、体調落とし14日間で1000km少々、100km超えたラン5本だけ。続く9月は2日間で350km超えたロングランイベント含め、100km超えた日8本あり月間1500kmとやや持ち直すも。10月が13日間走り900km、100km以上走った日たったの3本と最悪。11月も10月と同じく1000kmに満たず、100km以上も同じ3日。年末12月に至っては9日間走り100km以上たったの1本だけと最悪状態。体調では無く多忙が続き、走る時間が全く取れなかった事が原因なので心配無用。
さあて、来年2008年は無理せずのんびり楽しみながら調整を心がけ、春先までには必ず元に戻すつもり。1年間の付き合い感謝しまた来年も楽しもうなあ、人生は長~い、されど一度だけしかないので大事にしような。
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本年ラストEeeラン亀班は1日早い年越し蕎麦よ。
2007.12.31
今年最後のEeeランは22名。1日早いが年越しそば食べたい希望あり、見回り同心案内で入間方面にあるそば屋目指す、途中で休業と判明場所を秋留のそば屋に変更し予約、友田から山中細路を二ツ塚中腹に抜け峠越え、秋留台公園トイレは広く清潔ミシュラン風に格付けすると☆☆☆、直前に案内された永田橋脇は放水する気も失せたので☆無しだな。混み合うそば屋も予約済み、席が用意され突然空模様危うくなって雨降りも、食べ終わる頃は薄日射し濡れたのは車体だけで助かった。本日終始最後尾走り先頭お任せは気ままに走れ楽で有難い。次回もこのスタイルで頼むわ、どこでもかまわん好きな所へ案内してや、調子よろしくないが20日からちょぼちょぼ走りだしたので少し戻った感じがする。明日も用事で多少走るが、それを加えても今月の走行距離700kmに満たず、月間走行距離としてはEeeラン始まって以来最低距離。
来年は経理事務作業を娘に多く分担してもらって、走りに集中できる時間をつくりあちこち巡りしてみようと思っちょる。足腰達者なうちに存分に楽しみ悔い残さなぬ人生をめざそう。
昨日店で数年ぶりに会った競輪選手から、俺っち世代よりはるか下の世代選手たちが何人もが他界した事を聞き、選手時代の心臓酷使廃業と同時に運動せずの悪影響、あれこれ考えたが因果関係あるのかねえ。スポーツ選手は短命という説があるようだが、チャンピオンスポーツ(レコード追及)目指すと健康を損なうのは事実、レジャースポーツ(楽しみ目的)を無理ぜず楽しむのが健康的、何事もほどほどがよろしいかと思う、まあいずれにせよ俺っち年代になったら、明日死んでも悔いないような生き方を心得るべしだな。
若ママからいただいた感動。
2007.12.28
温泉旅行から帰宅した。ロングランで見慣れた松本市内には雪跡見なかったが、標高1000メートル越える扉温泉は日陰に残雪、扉峠1610mからビーナスラインは全面交通止め、朝方6時の気温マイナス7℃寒い~のよ。風邪気味なのに無類の風呂好き神さん、姉貴と数ある風呂めぐり露天風呂まで制覇、俺っち疲れ出たのか眠り爺、何だかなあって感じの旅で終わったが、まあ気分転換1年の計を締めくくった。3連泊で宿予約し初日実弟社長(勇夫妻)、2日目俺っち夫妻、3日目亡父の面倒看取った実弟夫妻の兄弟夫妻の日替わり滞在、こんな楽しみ方もあるのさ、そうよ企画は俺っち金払ったのもだ、金は天下の回りもの回せばまた回ってくるさ。この歳になるとなあ、金は生きてるうち生きた使い方せにあいかんと考えるものよ、って誰しも考えるのと思うけど違う?もしかして俺っちだけ…
今回の宿で偶然感動の体験をした。隣室に宿泊の若い奥さんから、1歳半の子供連れなので騒がしいかと思いますがご寛容にと挨拶され、いまどきの若いママさんらしからぬ相手を思いやる気持ちにしびれた。こんな素敵なママに育てられる子供は幸せだなあと心温まった。どういう家庭環境で育てられたら、他人を思いやる優しさを身につけられるのか知りたく、あれこれ考え、も一度言葉を交わしたいと思い夜が明けチェックアウト、フロントに隣室客人に感動した経緯伝えた。
その直後送迎バス待ち時間に若夫妻と再会できたので、思いやり気配りをほめ感動の気持ちを伝えられよかった。聞けば神奈川県からの旅人で地理的にも隣人だった。この若夫妻に幸いあれと祈る。
日本政府が率先?して使った『思いやり』はいい言葉だ、先進諸国でこんな予算で外国に援助資金を提供できる国家は無い、日本人は素晴らしい民族なのだと自信と誇りを持ち生きてほしい。神は我が心の中にあると気付けば、外部に神仏を求めないはず学べ若人、宗教に傾倒するは愚の骨頂。弱き心はスポーツで鍛えられる。
来年の事言ったら笑われるかな。
2007.12.26
第2回なるしまFF開催日が10月5日(日)に決定した。Ⅰ部個人賞金レース賞金額は第1回と全く同じく、開催日が国体開催中でBR1 一流選手総不在、鬼の居ぬ間の荒稼ぎ、喜べ賞金はそっくり居残り組のもの、我と思う者はどしどし挑戦だい、CSC5kmコース10周ならひょとすると望めるぜえ、12月の第3回は賞金倍額足慣らしのチャンス、果報は寝て待っても来ないぞ、まずはやってみようぜ侍たち。第Ⅱ部は新設『風と語ろう』チーム賞金レース。こちら個人戦と全く同じ賞金額、レース終了時の完走者数の多いチーム順に順位決定。チーム員数制限なく2人チームも50人チームも同条件、自チーム員を多く残し他チーム員を追い抜き失格させる、チームプレーの見せどころチームワークがもの言うレース、将来的には賞金100万円を予定している。場数踏んで走り方を学習し100万ゲットだい、立川A班期待してるぜお前らの喜ぶ顔が見たいのよ。チームレースにBR1 選手は除外、クラブチームのお楽しみレースに育てるぞ。
第Ⅲ部同じくチーム賞金レース。こちらBR2 選手も除外のEクラス(ビギナー)対象のチームレース、距離も4kmコース7周回の28kmなら走れるだろ。賞金はⅡ部の半額だがⅡ部への登竜門として、楽しみながらレース慣れしてほしいと考えてる。Eee班皆が活躍できる舞台を、と思いついたレースなのでトライしろよ。
Ⅱ部とⅢ部参加者の希望者に4kmコース一周の個人TTも用意した。前回の個人TT参加者には記録と脚力認定証を作成中で、今後なるしまFFでは、この脚力認定証で個人レースのクラス分けと考えている。基準タイム更新すれば昇級、カテゴリー制度の採用だ。第1回大会参加者には認定証を正月中に配布予定。
新しい年のEeeランは走りの幅を広げ、レースの楽しさも追求してみたいと考えている。そのため一工夫した面白レースを鋭意考慮中、乞うご期待じゃ紙芝居(言う事古いねえ)みたいと苦笑。
明日はいつも面倒かけてる神さんと信州松本『扉温泉』へ旅行じゃ、1年間の感謝をこめてじゃちょっと安っぽいが、まあ、なにもせんよりはましじゃろ堪忍堪忍、なんたって俺っち大ボケ忍者よ。
調子最悪よ3年前のかめ戻りだよ~ん。
2007.12.21
今月は1日、2日と2日間で約200km走り、気張って走ろうと意気込んだらいけません、その後あれこれ続き多忙を極め、愛車と別居状態もやっとこ一段落。昨日今日と二日間年末挨拶回り、西方向と南方向走った距離140km、いやあ調子悪く参ったぜ。この歳になると休むと調子戻すが大変を痛感させられた。残るは東方面と北方面こちら距離は少ないので、遠く残した西方1軒の同業仲間店まで、山越えして向っても1000km達成には程遠い。きのうのAVEが21km今日は何と19km、Eeeラン原点戻しに忠実すぎ、俺っちが3年前の亀さん状態に戻ってしまったぜや。SLDで走ったのに終わってみれば結構疲労感あり、無性に眠くなり、歳とるとこんなもんかなあと首かしげながら納得させられた。日々の走りの積み重ねがいかに大事か改めて認識。寒いと家を出るまでが一大決心が必要で、一桁体脂肪の爺様にはきついわ。
今日は少し暖かかったので楽だったが、途中トイレで立ち寄った相模原の公園ベンチ、ご老体が大勢あちこち座って日向ぼっこ、八王子綾南公園では更に大勢の長老たち、円卓会議真っ盛りの車座談合、どちらの公園もご老女の姿皆無で目にするは爺さまのみ、もしかして爺の存在はお婆にとって目ざわりだけなのかねえ。としたら男の老後って悲しいね。よかったあ、熱中できる楽しみがあって…
恒例になってる暖かい沖縄で過ごす冬の陣、年明け正月も半ばに用事あって遊びも制約受け、21日から6日間だけまずは予約、2月予定は来年になってから考えるつもり。極楽トンボもこの暮は、動きが取れず内地で耐寒を体感させられそう、まあ風邪ひかぬよう年越ししようと思っとる。皆も寒いから、走りすぎで疲れると風邪ひくから気をつけろよ。
今期を振り返り来期を考える。
2007.12.14
昨日松本から帰宅した。自転車ではなく電車の旅で温泉に泊まり疲れを癒し、長い付き合いの引退した輪界問屋社長と恒例の忘年会。日本経済の現況分析やら来年の景気の動向等、彼独自の高説を聞き輪界の展望を語り合う。来年度春の温泉一泊ロングラン日程も5月17日(土)宿泊、18日(日)帰京で美ヶ原温泉宿三軒の了解を得る。参加者をクラブ員と参加経験者のみに限定、3月中に募集開始する予定。なお秋の一泊ロングは廃止とし、計上経費すべてを年末に行う予定の賞金レースに投入、盛り上げたいと考えている。サイスポ誌面CM掲載も取りやめCMの方向性も転換、廃止した自転車運動会に代わって、シーズン始めはフリーラン房総でなるしまイベントスタート、房総半島200kmを走るつもり。
第2回なるしまFF(フレンドフェスティバル)は、今回同様日本CSC会場走路を使用、個人賞金レースの賞金倍額に加え、『風と語ろう』チーム賞金レースを新設、チーム員が何名完走するかを競わせチームに賞金を与え、こちらBR2選手以下に参加者を限定、賞金額も個人賞と同額を考えているので、将来的には優勝チーム賞金100万円となるので、多くのクラブチームの参加を期待している。賞金獲得チーム運営費に充当すれば盛りあがるぜ、活動の幅広がって仲間が増えれば結構、底辺拡大に役立てば幸いと考えている。
今回の大会の反省を踏まえ、更に皆に喜ばれる方向に向け努力したいと考え、15日のEeeランクラブ忘年会で参加協力問屋と検討、特別協賛ライジング出版社長と意見交換する。とりあえず俺っちとしては次大会、参加者倍増が最低目標で明るい見通しを持っている。特に新設風と語ろうクラスに期待している。
今年も残りわずか今月はめちゃ慌しく過ぎ去り、ほぼ半月経過しやっと200km走っただけ、昨年1200km走った12月も半分で終わりそうな気配。昨年1年間(12月~11月)の全走行距離15770km167日、その前年の18245km186日に大幅に届かなかった。今季スタートも昨年を下回ってるので、気を引き締め取り組まねばと心している。
加齢とともに衰えるのは必然もそれを最小限にとどめ、来年も皆と存分に楽しもうと思っている。それには自分の時間を余裕で過ごせる工夫、まずは実務作業を娘に委譲し労働量軽減、来年はあちこち走りまわろうと夢は広がるばかり残り人生思い切り楽しまなにゃあ、と極楽トンボは相変わらず健在気楽そのものですわ。
めでたし 親爺95歳極楽往生。
2007.12.11
俺っち少年時代までは英雄、俺っちの名前ではなくヒーロー我が心の中では世界一の存在だったのに、次第に嫌な点が目につくようになり反発、特に大酒飲みで酒癖悪かったのは許せず、成人しても酒は絶対に飲むまいと子供心に誓ったほどで、息子がなぜに酒を飲まないか意に介さず、面と向かって『お前も可哀そうな奴よな、酒の味を知らないで』と俺っちに平然と言う親父。頭が下がる感動の生き方も酒ですべて帳消しにした、だらしない酒に飲まれた親父に俺っち青春の頃酒は敵だった。我が人生で親父を反面教師として育った面も多々ある。 親父の素晴らしい面は俺っち確り受け継ぎ、子孫に伝えていると自信もって言える。親父も他人に自慢してないが俺っち人生を確り理解していたはず、言葉は交わさずも意思疎通なく心の交流は完璧に出来ていたと自負する。苦しい家計の中最高学府(親父の言葉)まで面倒見てくれた事には大感謝、事実ここで学んだ事が人生にどれほど役立ったか計り知れない。
鉄人不死身のような親爺だったがあっけなく、5日朝95歳で突然他界してしまった。百歳まで生きて不思議でない感じだったがあっけなく逝ってしまった。急な知らせに驚いたが何より大事なイベント直前だっただけにこれは参ったな。
青梅に住む三男が面倒見ていたが対面する時間も無く、神さんだけ出向き近親者であれこれ会議、質素を希望してた故人の遺志もあり、密葬に決まったが大会開催日に葬儀重なる気配にう~ん困った、これが菩提寺住職の都合から、明けて月、火で通夜告別式となり仏に対面できた。火葬後の対面も止むなしと考えていたので救われた。親父最後の望みが叶ったかのような感じ、おかげさまでに大会も神さん娘、弟夫妻達の重要戦力欠ける事無く開催でき感謝だ。
父逝去は大会終了までシークレット肉親以外伝えなかったが、すべて終わったのでいまここで報告することにしたが、クラブ、問屋、知人等全ての方々の弔問気遣いを丁重にお断りと決めた。人間だれしも死を迎えるのであり、95歳まで生きながらえたという事は平均寿命より大幅に長生きであり、めでたしめでたしと認識している。無事万端終了ただ今帰宅,上記報告の通り弔問は不要で何事もなかったようにしたいのでよろしく。
合掌。
なるしまFF 参加の皆さん ありがとう。
2007.12.10
無事終了し安心。この約ひと月間我が脳裏占拠してたなるしまFF(フレンドフェステュバル)、第1回大会は前例がないため開催までの諸準備が大変、加えて企画立ちあげ開催までが1か月半と短期間、情報伝わらず人集めにも苦慮DM発送で日夜努力奮闘すれど、締切1週間残し応募者29名、神さんにあたし手伝いに行かないと言われた。恥ずかしくて問屋に合わせる顔が無いだって、何が恥ずかしい来ない奴が悪いんだと居直り俺っち。あんた良く平気だねって言われたが、俺っちとしては全力尽くした結果なので、集まらなくても仕方ないわ、次を見てみろで特別気にもしていなかったな、結果的には139名集まり自転車運動会に並びまあまあとなり、今後のの展開考えれば明るいぜと判断。
当日は天気も雲ひとつなく風もなく絶好の日和となって、お友達雨坊主には大感謝よ、空を見上げ今度俺っち独りのとき遊ぼうなとつぶやく。
Ⅰ部賞金レース31名参加。なるしまチーム員でワンツー決め大成功。若手選手をトップクラスに育てる仕事に熱中してる熱血青年柿兄、秘蔵っ子参戦させ顔見せレースに活入れてくれ感謝。大会の模様はバイシクル21誌12月号(1/15発売)に詳報掲載されます期待下さい。
100名超す個人TT結構な時間かかり、クラス独立の周回レースは更に時間かかり、冬の日暮れは早く敏速対応も、時間大幅不足でお楽しみレースまで届かず。レース組み立ては次回送り、勝手にどうのぞ景品頒布も大賑わい大成功の感触受けた。次回大会までは準備期間あるので万全の態勢で賞金倍額参加者倍増を目指します。出来れば大晦日開催を考えている。
併催したミニサイクルショウ新車試乗会こちらの状況についてはまだ耳にしていないが、近日中に反省会と考えている。とりあえず、参加の皆さんありがとう。感想希望等のあれこれ伝えていただけたらありがたいです。
俺っち企画は皆の声をすぐ反映されるよ。
原点Eeeラン初日となるしまFF大会。
2007.12.03
冬時間到来Eラン出発時間1時間遅くなり10時、走る速度も遅くなり年寄り向きぐ~んと楽になった。その初日と云う事で本来なれば、行く先コース等決めてが当然、なのに俺っちの場合適当で走りながらコース変更当たり前。でも終わり楽しければそれで結構、気楽に付き合って下され、わがまま爺さまはガキ同然悪気ありませんので。普段あまり走ることない道選んで走って綾南公園、一服後城山湖目指すも変更、左折路間違え津久井湖岸一周回った形で小倉橋、高田橋までややペースアップしこの間フリーランに誘い込むと、あんれまあ皆飛んでっちゃたぜえ、やっぱペース遅すぎ不満爆発か?
子供科学館で小休止のち上溝で昼食予定の『そばや』、20名超す員数ではとても無理、立ち食い鯛焼き食べ尾根幹解散は多摩川下流組、上流組とに別れ野猿街道からソロで自宅へ向かう。全行程距離が90kmではやや走りすぎかな、でも50kmでは少なすぎる感じで70km目安かな。
マッサージ天国桃源郷で大眠りし元気回復、帰宅後が本領発揮でなるしまFF大会参加者の名簿作成、参加証案内はがきプリントし深夜ポストへ向かう。寝床へ入ったのは3時半こんな生活してたら朝起きられるわけないわ。自信満々数年後ビッグ大会夢見て爺さん火がついた、さて面白くなったぞ期待してくれ皆の衆。
今回の参加者Ⅰ部(賞金レース)30名、Ⅱ部(お遊びレース)108名併せ138名。申込の皆さんありがとう、寒さの中必ず皆さんに満足いただけるものと確信しております。次回大会は賞金倍額、参加者倍増の予定、関係各社のご理解ご協力切望。
輪行自走混ぜこぜ一泊二日のツアー。
2007.12.01
11月末金曜に日本CSCへ向かったが、寒い冬の早朝スタートは御免こうむりたいと輪行、出勤時間に持ち込みは申し訳ないので、通勤通学一段落したあとの浜線乗車、新横で新幹線に乗換熱海から伊東線で宇佐美下車。輪行時はいつも愛車の脇に立ちん棒、熱海で買った炙り金目鯛の寿司¥1.200.立ち食いは味気なかったがうまかったなあ…途中雨降りで又かよと思ってたら、宇佐美から亀石峠上ってCSCまでなぜか降らず。CSCで打ち合わせ済ませ走路試走に出たら、何やら俺っち向かう今晩の宿方面暗雲漂い、雨坊主待ち構えてる感じも本日俺っち独り、約束だから仕方ないと覚悟も、それほど降られることなく無事宿へ到着。道間違え大迂回したのにラッキー、寒いので出来れば濡れたくなかったのでほっとした。
白岩温泉で見つけた隠れ宿のようなちっちゃな宿、主夫妻の人柄に心温まり部屋も温泉も良かった。熟睡の翌日9時に宿を出て、冷川峠越え紅葉眺め松川湖に迂回伊東から熱海。昼飯にうな丼食べたくなるも自走では間に合いそうもなく、熱海から輪行も脊中の荷物ホームに置き忘れ、湯河原下車し熱海へ戻ってたら輪行クリテだわ。15両編成東海道線運転席車両に乗車したら、下車駅国府津出口は最後部だった、長いホーム端から端まで歩きであったが転がせる輪行袋は助かるのう。
久方ぶりの『うな和』主に大歓迎され、美味いうな重に舌鼓言うことなしだぜ。見送り受け自宅に向かい一国自走、先行二人のレーサーに追いつき、肥満体の後尾走者を思いやり走る姿にそのまま追尾、付かず離れず状態も徐行手信号送られ、う~んますます抜かせなくなるも、二宮先で左折しソロとなったのでペースアップ。
厚木は田圃走らず土手通り昭和橋渡り、いつものコース大島、二本松、相原では無く、川尻、法政大、小比企、山田から富士森坂を越え自宅へ夕暮れ寸前帰着。まずは参加者への案内発送の作業開始。昨日年度末で今日から第45期始まる、多忙は充実感いっぱいで楽しい。