長続きの秘訣。
2007.07.28
部屋の中でも暑さに辟易してると云うのに、炎天下の戸外を走る気になどなるわけ無し。本日の土曜ラン結構な員数が参加した模様だが、こう暑かったらとても参加する気になれない。で家の中でクラブnews編集作業、夕方4時になって立川店まで用足しに向かう、夕方の涼しさ満喫しながら市内抜けると雨よ、ええ~い行け行けで突っ走ってたらそのうち止んだわ、雨神様の気合負けなんちゃって。「継続は力なり」と言われるが、俺っちが半世紀も走り続けられたのは、別にタイムに挑むわけでもなく、気が向いたら気ままに走るスタイルを貫いてきたからに他ならない。毎日決まったコースをタイム計測で走る、こういう走り方に全く面白さを感じない。人それぞれだが俺っち気ままが大好き、行き先も自分でもわからないほど、こんな楽しみ方が長続きした理由かと思う。
先日NHKのクローズアップ現代で80歳の青春、80歳超えた爺ちゃんの日本一周自転車の旅達成を伝えていたが、40kgの荷物積んだキャンピング旅行だぜ、とても俺っち真似もできない世界だな、あんな苦行しようとも思わない。無理したらあかんでえ。力を抜いて密かに走る忍法、忍びの走りじゃ、これさえ会得すればこわいものなし。。
でもな、毎日温泉に泊まって地魚、地物料理に舌鼓、気ままに海岸線を走る旅なら考えてもいいかも…いや、やってみたい気はあるな、後継者達育てた後の楽しみにとっておこう。
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スイスイ、もくもく走った2日間。
2007.07.26
前日の水曜日めちゃ暑かったが、水曜ラン連中走ってるんだろうなと思いながらも、自分は走る気になれずそのまま家の中で過ごす。夕方5時前になりだいぶ涼しくなったを見極め、ライト取り付け夕涼みランとしゃれてみた。珍しく走るコースは最初から決め、大垂水峠~鼠坂~津久井湖~御殿峠~自宅。大垂水峠自分としては速いペースで越えたので、相模湖から車列追走する気力脚力失くし、寸沢嵐、三ケ木で渋滞する車列見て嫌気、名手橋渡り津久井湖対岸ライト点灯で走行、御殿峠から南野、めじろ台と迂回走寿司屋でめし食べ、表に出ると外は真っ暗昼飯のはずが晩飯になっちゃった。
その翌日、千駄ヶ谷〒局に用事でき10時過ぎ家を出る。コースは弐拾数年前通いなれた道路、そのまま走って都心へ向かってみたが、三軒茶屋から渋谷までの246の超混雑には呆れた、車が多すぎるよ~う。
帰りは東八道路から関戸、腹減った(実は神さん旅行中で朝から何も食べてない)ので「うな重」頭に浮かぶも、何やら前方に暗雲発生降る気配に我先を急ぐ、チョイ迂回し野猿峠の売店で『ますの寿司』買って帰ることに成功、好物餌入手にっこりも自宅目前で雨の祝福受けびしょ濡れだい。
着衣全部洗濯機に放り込みシャワーで汗流し、うま~います寿司食べたら、幸せになって睡魔に襲われ部屋で昼寝じゃガキと変わらない。でも自分で呆れてるのでガキじゃあない、やっぱじじいだな。
2日間楽しんだ時間帯 25日17時~19時30 走った距離55km。26日10時~14時30 走った距離90km。
ご家老一向お迎えラン報告。
2007.07.22
京帰りしてのち5日間どっぷり休養、1週間での走行920kmはやはり老体に応え、だらけて過ごしてしまったが若くないのでこれで良いのだと理解。前週お休みしたので本日2週間ぶりEeeラン。あいにく空模様芳しくなく、外は雨降り道路はびっしょりも明るいので気配は上がりそう。俺っち同様お疲れ御苦労さんの愛車、掃除注油出発準備完了し待機してると三島来る。濡れてる路面スピード落とし集合場所へ向かったのでやや遅刻、天気不順は集まり悪く十人に満たずはこれまで最少。
雛鶴まんじゅうや休業とかで、前泊上諏訪から戻る呑み助ご一行様出迎えランに決まる。小集団後方追走で八王子市内を抜け大垂水、遅れ気味の敗者じゃない歯医者のご老体サポートし相模湖駅前で暫時休憩。再出発後も引き続きサポート、先行した皆が待ってた初狩コンビニまで宅急便だい。笹子から勾配一段ときつくなり旧道分岐のコンビニ、一度は皆とピットインするも、お日様顔出して来たので日陰のないここで待つより、旧道峠道マイペースで走るが気持ち良いと方向転換、旧道をトンネル入り口まで走る。オゾン胸いっぱい天然の涼風快適最高じゃ。待つはアホ走らにゃ損々。
見覚えあるジャージが下って来見ればファンライド編集長じゃん。聞けば富士見でのイベント帰りで編集部まで走ると云う。最近自転車雑誌数あるが、本格的に走れる編集長は他には居らんだろう。先日も松本往復400kmロングラン、この編集長我が仲間たちと共に走った、そのうちギブアップかと思いきや、とんでもない見事な走りで塩尻峠では感服、お見事でした編集長あんたは本物だ、走るの好きだね気に入ったよ。
早速次の蓼科高原も誘っちゃたぜ、ベビー一緒に走ろうぜ!
ほめたついでにうちの侍も一人、帰路藤野から家老と二人で抜け出したはずをしぶとく追いつき、大垂水峠に入り家老から遅れ気味になるやゼイゼイ荒い息吐きながら、大声出しては自分を奮い立たせ粘り走りを見せてくれたガッツ松ちゃん。今どきここまで頑張る男は珍しい存在。
課題は息切れ対策考えるんだな。それと頂上あと2kmからペース落ちたが、あと1.5km地点ちょっときついところで落ちるペース、もう一度回復させる走法の会得。
遊びの勧め ヒデ爺。
2007.07.19
遊んだ後は仕事で天気も芳しくなかったがこの2日間事務処理。神宮店の3F組立作業室が手狭になり、近隣別拠点に借用増設決定で諸準備、大幅作業遅れの立川新店も開店直前の準備中、秋のロングラン要項作成もあって超多忙だい。でもな、遊びの企画は極楽とんぼ大得意、次から次にアイデア生まれこれが楽しいのよ。蓼科高原温泉一泊の恒例サイクリングツアー、休み明けから店頭で参加者募集開始だい、今度はクラブ員限定では無いので、参加希望者は早めに応募が良いかと思う。全員一堂に会して豪華会場で食事できる唯一のチャンス、集えEee仲間達皆で仲良くだべり合い、明日のエネルギーが充電できるぞ。ストレス社会の現代生活には息抜きが何より大事、遊び心を大事に育てよう。募集員数は約150名弱、さあ来い遊びの匠爺が待ってるぞ。
ツールド沖縄も8月になると募集開始が始まるようで、こちらもEeeラン列車つくって80kmレース完走目標参加ツアーを企画するので、希望者は早めに申し出てほしい。レースは11月11日(日)なので、レース前日11月10日(土)発~11月12日(月)帰京の日程。尚、なるしまフレンドでは社員旅行で11月10日(土)~14日(水)帰京予定で、レース翌日から石垣島へ渡る4泊5日ツアー、同行希望者あれば歓迎するぜ、この際ド~ンと遊ぶもグッドアイデアと思うよ。
仕事バリバリど~んと遊んでエネルギー充電しておくと、ストレスなぞ別世界の話。人生先がなが~い遊びは大事、仕事前輪遊びが後輪とくれば、自転車乗りなら誰もが得意のはず、脚力不足も努力工夫で両輪巧みに転がす技会得すれば、あんたは人生チャンピオンこれなら望めるべ。
「人は生まれながらにして貴賎貧富の別なし。ただ遊びをきわめて物事をよく知る者は貴人となり富人となり、働くだけのものは貧人となり下人となるなり」英雄。 御免諭吉翁。
続くは二泊三日京都の旅 最終日。
2007.07.17
〒速達軍用金が届くはずなので荷物宿に預けたまま出発。本日は地元市民レース『けいはんな』に参加する4名の応援観戦ラン。会場は近鉄木津屋台駅近く、けいはんな公園周辺近くの公道クリテ。近隣から参加者800名ほどが参加、午前中で各クラスレースが終了、下りゴールが何とも惜しい素晴らしい路面コース。牛若、京弁慶夫妻仲良く共に3位に入賞は、前日200kmも走った疲労無ければ優勝じゃん。周回コース回ると懐かしきサンツアー旧友たちに出会いしばし談合。好きな道楽しみながらの老後余生送る好々爺と、俺っち人生めざし仕事に走りに燃える好漢相手にしたらは話は尽きないわ。若い好漢には次回ロングラン参加を誘ったので、もしや皆に紹介できるかも。
レース終了後会場近くで俺っち好みで定食の昼飯。帰る途中で雨降ってきて、牛若京弁慶宅に逃げ込みジャンヌ作成のビデオレター楽しむ。多くのすばらしい仲間たちと知り合えたのは、見えない財産となりこれからの人生に役立つかと思う。お互いに良かったなあ。
道案内の牛若交差点でひらりひらりと舞うが、そこは五条の橋上じゃないぜ追走爺が戸惑うわい。この舞に京弁慶が仕留められたなと、思わず口元ほころんだな。いやあ御二人さんお似合いじゃ末長くお幸せに…
宿に戻ると密書〒速達無事届いており、早速軍資金手元にお土産買い漁り、宅急便終業で重い荷物手にエッ!足元キュキュ音鳴りシューズ力持ち坊やが持ってくれ救われる。コンビニ別送手配済ませ牛若京弁慶の見送り受け、若い二人は新幹線のぞみで先行させ、のぞみには乗れない爺と家老は後発ひかり、車中眠気催すことも無くあれこれ喋り合い東京経由中央線で帰宅したが、東京からの50分大事な愛車輪行袋脇で立ったまま爺様二人超元気。
楽しい旅をありがとう。
続くは二泊三日京都の旅 その翌日。
2007.07.17
台風前夜の荒れ模様雨降る祇園祭宵山見物、四条河原町歩き夕食後ホテルに戻り、一夜明けた翌16日(日)早朝目覚めると表は晴れ、こりゃ走れるじゃん部屋に戻って皆起こす。誰しも同じくダメ覚悟だったので皆きょとんも無理なし。慌しく準備完了琵琶湖に向かって出発。京弁慶案内で市内抜け鯖街道は大原三千院、軽快な足取りの牛若にやや遅れながらもジャンヌダルク、坊や共に元気に坂越え琵琶湖大橋手前堅田コンビニで小休止。
ある時は追い風、別な時は向かい風、突然横風になる気まぐれ台風、風にかき回されながらも、一行6人のコマンドは一糸乱れぬ走りで京弁慶に続く。風に悩まされることなかった湖岸、終始最後尾は睡魔に襲われ耐えるに苦慮したり、月の出崖下道路封鎖から元来た道を逆走は落ち武者ラン、精気を取り直し戝ケ岳を越える。
100kmを過ぎ150kmを走りながらも皆元気、停車ミスで転倒後45km/hの先頭びき、見せてくれます華麗な牛若舞いには度肝抜かれ、眠気ぶっ飛ぶ。牛若に負けませんと今度はジャンヌの洋風舞いはコンビニ前でコテン。美女二人が年寄り楽しませてくれますわ。無責任にも楽しいなあ。
京弁慶の力強い走りにデビュー頃の藤野を彷彿させられ、TOJと監督誠三の顔が脳裏をかすめる。琵琶湖大橋渡って出発点から堅田駅に向かい、駅前、300m不足のメーター距離は駅裏周回し帳尻合わせは本日走行200km、AV27.7kmはお見事でした。
堅田駅から京都駅まで輪行した湖西線、強風で運転再開したばかりで大幅遅れの京都着。慌しく汗流し夕飯は祇園の亀屋、亀班だからかめやで京懐石に舌鼓、人出8万人の祇園祭眺め宿に戻ると、心地よい疲労から翌朝まで目覚めることなく熟睡。本日走れたことを天の友雨神様に大感謝。
続くは二泊三日京都の旅 その初日。
2007.07.17
京弁慶、牛若に誘われてた祇園祭見物兼ねての琵琶湖一周走るツアー、出発日に合わせたように台風4号のお迎え、輪行袋転がし京都に向かって横浜線に乗車のが14日(土)。台風進路は列島北上俺っち方向列島南下、どうやら京の五条で弁慶牛若との再会に台風君も仲間入りの気配これには参ったぜ。小雨降る中いつもより早めに自転車乗って家を出て、乗ってた自転車改札前で輪行袋に入れホームへ向かったが、定刻寸前ギリチョンが常なのに本日余裕ありすぎ、これが間違いのもとになろうとは…時計眺め折り返し出発電車2本見送り、疑いもせず乗り込んだ電車だったが間違いで、乗るべき電車の快速は更に1本後発だったの~町田で追いつかれ乗り換えたが、やや混み合い始めてた車内先客に迷惑かけてしもうた。道も電車も間違い通し、人生間違えてなけりゃいいわと言っても、あんたの場合ちょっとな…って他人ごとのようで反省も無し。極楽とんぼは気楽なものよ。
新横浜で乗り換えた新幹線せっかくグリーン車最後部指定席確保も、座席背後は先客の大型旅行鞄3ッで満席だよトホホ…始発駅の東京駅でポールポジション取りが必要だった、3連休を読み込まなかった俺っちミス。これじゃ大金どぶに捨てた(オーバーだよ)ようなもの。これで持参の大荷物中身も出さずそのままも持ち帰る羽目になったら、爺ちゃんボケちゃうから。
京都着八条口出たが誰も居らん間違えたかと電話、これはまあすぐ離れた処に皆待機中でメンバー全員集合。京弁慶、牛若、家老、ジャンヌダルクに新谷坊やと爺の6名楽しいツアーの始まりと思ったら、あれ??
老人手帳(ジパング会員手帳)は確り持ってるのに、〒カードがポケにもリックにも無い、持参金数えたら3万円だけ、帰りの切符持って無いので足りん、御用金調達できないとなるとで、で、電話SOS。でも待てよカードどこにあったっけ、部屋の何所か自分でもわからなかったら頼めん、〒貯は通帳でも引き出せると気づきピンクレディじゃSOS。
悶々とした一夜を過ごし(またまたオーバーな)飛脚か〒速達か迷い通帳の速達便ポスト投函を神さんに頼んだが、神の呆れた溜息がいつまでも耳に残った。許して神さん。
二泊三日成田ソロラン報告 その参。
2007.07.13
遠回りして帰ろう予定だったので7時には出発したかった。6時前に目覚めていたので、食堂オープンと同時にめし食べに行けば楽勝だったのに、急に別ルートを思いつき、再度地図検索始めたが悪く、思い付き妙案諦め朝食に向かい、返送荷物の荷造りも手間取って出発9時じゃクラブランと同じ。ホテル裏から三里塚、松尾、蓮沼まで『柴山はにわ道』、以前走った時と段違い路面、雨でぬれたチェンに携帯オイル注油、道の駅『オライはすぬま』で小休止。27km走って10:15出発。前回走った県道30九十九里ビーチライン一宮で正午昼飯。59km。食後すぐ国道128大原、御宿、勝浦まで走り、JR外房線駅前で少考1:14走行88km。実は熟知の海岸線走るを止め、国道を避けて山中走って木更津へ抜けるコースが希望だった。地図読み切れなかったので、仕方なく国道297利用大多喜先で左折木更津予定も、途中土砂降りになり全神経集中、水しぶき上げる大型車後尾で気合い入る。濡れた体でのバス乗車を嫌気したこともあり、そのまま市原、千葉から都心抜け自宅まで直行に変更。
市原で国道16へ入り千葉市内をそのまま直進、稲毛でドリンク1:50走行151km。走り出し直後高速合流地点で道を失い徒歩で階段上り迂回、ここから迷走の開始も発端は、幕張本郷先車列続く細道を抜け道と判断続いて侵入したら、いつしか右に左に車は消え去り、曲がりくねった細道を気づけば独走だぜ、大久保、八千代台、津田沼から国道14号線に入れやっと東京方面が判明。船橋、市川と走り平井大橋、亀戸又も降り出した雨の都心抜け千駄ヶ谷店前19:30通過、ここまで来れば我が家も同然、コンビニでおにぎり一ケとお茶飲み日野橋渡り家に到着は21:30。
本日走行242km。 走行時間は長過ぎエラーで計測不能も9時発9時半着なので、昼食等休憩時間含み12時間半楽しんだ長編ドラマじゃ~ん。
雨にも負けず三日間走って、521km頑張った御足に感謝のマッサージ。
一日休んで明日から三日間、京都で愛弟子京弁慶、牛若たちと琵琶湖一周が待ってるわい。
二泊三日成田ソロラン報告 その弐。
2007.07.13
昨夜のマッサージケア効果抜群、夜半にトイレに起きることも無く熟睡9時前目覚め、朝食に向かったのが9時半。天気予報で雨覚悟してたのに降っておらず10時半ホテル出発、秋のイベントで案内できる空いてる道路探しが本日目的。前日と同じ三里塚信号地図広げていると、またまた声掛けられびっくり、今度は『トカちゃん』では無く競輪選手だったが、互いに初めて聞く名前に首ひねるばかり。ただ先月退職した我が門下生は同地区故消息詳しく、高速道路料金所に勤務してると聞かされ安心、競輪選手も退職後の人生が長くその後が大変よな。
道案内しましょうかと言われたがいずれ雨降る空模様に辞退、地図眺めながらのんびりランと決める。松尾から坂田公園、工業団地内に迷い込んだり、信号待ちの国道126脇道に逃げたいものと地図眺めてると、反対車線信号待ちチャリ父さんかが大声で、降ってきたねえどこから来たの~に成田のホテルからと大声で答えると、エッ!成田からってビックリされたが、まだ、たったの27km走ったばかりでも普通の人には遠方なのかね~え。
あちこち近場を走りまわったが新しい道が沢山あり、古い地図では読み取るが難しい場所もあり、あちこち道路工事の現場に遭遇変貌が激しい。昼めし食べた食堂、数あるコミック本すべてのシリーズ番号順に揃えられ整頓マニア?家の近くの食堂でいつも感心していたが、冊数桁違いのこの店眺め上には上が居るわい。
本日の走行94km。 4時間半。
二泊三日成田ソロラン報告 その壱。
2007.07.13
京都行き直前に計画した成田を走る二泊三日。入梅時天気状況眺めての決行ではなく、雨天覚悟の何が何でも行くぜと早々予約。天気よくても当日になると、雨神さまが出迎えてくれること多く、なら一切気にせずGogo!だい。直前にジャンボ亀ラン一行三浦半島完走の報告届き、これが凄いパワーを俺っちに与えてくれたな。ありがとうジャンボ亀ラン御一行様、あの日、パソコン前で終日過ごしは怠惰だったと反省。新亀走れて俺っちコケたら笑いものよ、行き先方向違えど気力充実の出発となった。8時家出るやすぐ雨降り出し、一時は合羽着用考えるもそのまま走る。幸いその後やや小康状態となり多摩川沿い南下、川崎駅前バス停でアクアラインバス乗車するまで小雨ぱらつく程度ですんだ。木更津駅前まで1時間の旅¥1450、ハイデッカーバス荷物入れにそのまま納車は便利。
9:45発のバス指折り数えられる乗客眺め経営を憂慮、サイクリスト皆さんで千葉を走ろうよ。
10:50木更津駅前を走りだし、持参の地図眺めながら今回は県道専門にウナギ走り、複雑にうねうね曲がる路面選んだ事と、持ってる地図が古く新道造成で目的道を取り違え、初っ端から悪戦苦闘の連続2時間以上も盆踊りだい。暗くなってもライト完備まあ何があっても独りは気楽だい。結婚しないチョンガーの気持ちが判るって、いやあそれとは違うって…だろうな俺っち即断のミス。
間違えたのは最初だけでなく雨足強くなった中盤、茂原で国道128左折は前回走った道、諸体験が大好きとそのまま直進に勝手に変更。先で左折すれば同じだろ思いが、俺っちの場合全く違った展開になるのが不思議でならない。気づけば長生村、白子町で海近くじゃん方向違うを気づくも、手持ち地図の圏外で現在地も不明、いやあ農道走ってるのでヘキサも無く往生したぜ。県道128に出てやっとのことで東金で見覚えある国道126の広い道路にぶち当り、今度はおとなしく八街、冨里で無難に成田市と思ったら…どうしたって?
変な奴に捉まったのよ、路肩で地図眺めてたのが運のつき、外人的日本語で喋りかけてきたお父さん、自転車が好きらしくオーバーに感動し、ちょっとだけ話聞かせてと自宅まで連れてかれ、記念写真の撮影だ住所だ名前だと相成り、沖縄出身ブラジル二世『トカ』ちゃんに惑わされ、別れたあとがすぐ近くだったはずのホテルを探せず、成田市内を迂回しやっとのとでチェックインは7:30。
三里塚の『トカ』ちゃん宅からサヨナラした時明るかったのにホテルまでがやたら遠く、気づくと先走った道をまた走ってるのよ、もしかしてこれって老人ボケかい。
本日走行185km。 10時間半走り続けたのは天晴、じゃないよなアホやん。お粗末でした。
その後一週間の報告。
2007.07.07
1日240km走り、2日休んで雨の中10km走り誕生日祝い招待受け、その翌日大垂水、上野原、甲武、青梅と坂を幾つか走って100km、帰宅後疲労感から眠くなって昼寝。2日休んだ本日、ジャンボ亀ラン三浦半島に別コースで向うつもりも、朝起きたら身体じゅう痛くロング走る気になれず、幸いと言うかそのうち雨降ってきたので救われた感じ。年末たてた年間走行計画、今のところ1割減、このままでは前年と変わらずの18000kmペースのまま。70歳過ぎるとこんなものかねえ。14,15,16と京弁慶、牛若達と琵琶湖一周と京都近郊走る予定あり、信頼のマッサ受け体調回復せねばと10,11,12成田宿泊計画たてる。次回勝手気ままランの宿泊相談、コース探しも兼ね千葉県下の実走。次回ランは9月29日、30日と決めている。喜べ今度は山岳地帯でないので、亀でも楽しめる配慮してるぜ。
で本日走ってるつもりで集中作業、帳簿整理終え遊ぶ時間つくろう。さしずめ、人参ぶら下げ馬を走らせるあれだな。
周りの先輩ご老体たち皆揃って、苦にせず自転車走るも歩くの苦手、100m歩くの大変と聞いている。歩くのとサイクリングでは鍛えられる筋肉が微妙に違うようで、なら俺っちもウオーキングも始めようかとふと考えた、これなら神さんも一緒に出来るしなあ。
我がまま爺72歳の誕生日どうだ参ったか。
2007.07.04
本日72歳の誕生日を迎えた。自転車競技の世界に魅せられサイクリング車に乗り始めたのが22歳、その後走り続けちょうど半世紀経過した事になる。27歳のころ東京オリンピック、クラブから2名オリンピック選手が誕生、燃えた青春期を過ごしたクラブ活動の灯消えるも、俺っちただ一人細々とサイクリング続けたその後拾数年。40歳目前にしてふと始めた副業サイクルショップ、商売よりクラブづくりに精魂込めたような営業もなぜか皆に理解されたようで、何時も多くの人に囲まれ続け会社もクラブも堅固に拡大々々、気づけば400名を数えるビッグなクラブになり、毎週末には多くの仲間と連れだって走り回れる果報者になってしまったわが人生には大感謝だ、素晴らしい仲間たちよありがとう。
願わくばあと何年かはこのまま走り続けたい、いや走り続けるのがわが任務と心得、好きなサイクリングに熱中し続けるのでよろしくな。それにしてもサイクリングは素晴らしいスポーツ、普通ならゲートボールがお似合いの年頃で一日200km超える距離走れるわ、その気になれば60km/hのスピードもだせるって、こんなスポーツって他には無いと思う。
それも体力充実健康体ならいざ知らず、貧相な老齢小男にどうしてこんなパワーがと誰しも不思議に思うのでは、それこそ会得した忍法がなせる技。忍法は口伝不能なので盗って自分のものにしてほしい、成せば成るぞ何事もの心意気人生はなが~い、今日からでも遅くない頑張ろうな。
続 二日目の経過。
2007.07.02
8時前出発。監督と青、黒LOOK新人達は最短コースのコスモス街道帰り。残り4名で野麦峠に向かう、長い登坂路はマイペースが賢明とフリーラン、クライマーに追走は討死必然だよ、腰も痛いので最後尾に下がる。視界に消えたはずがはるか前方にチームジャージ?そう甲斐勢とアンバランスにコバじゃん。100m間隔とり集団からこぼれ気味の青目標に走り、スキー場前で全員捉え、レストハウスで休憩に付き合う。アイスクリーム食べホット茶で休憩後、コバは3人組に同行霧ヶ峰方面に向うと言うので、独り先発すると後方気配ありはんちょう、Time新撰組すれ違う姿横目に、頂上目前でするっと先行するはんちょう追走、頂上ちょこんと交わす。ガス渦巻き寒いので吠えるはんちょう残し、頂上越えるとそのまま一気に降下続ける。
見覚えある信号からR17七里岩ライン入ったはずが、R188これは違うと方向転換、原村抜けるまで右往左往で小渕沢で12時半、腹減ったのでめし食べようと小淵沢駅前向かえば、さすが老舗長い行列でこりゃ駄目。双葉『響』までは持ちそうも無く、脳内駆け巡って思い出した長坂のパスタ、またも坂を上って店に向かえばこちら閉店か?、数軒先のパッとしない中華屋で妥協、やはりパッとしない味で値段は高目で不満残った。
長坂駅に立ち寄りトイレ借用自販機でお茶のみ直し出発は1時半。2時韮崎市内抜け20分後『響』到着も準備中で再食欲求ならず。湯村温泉、愛宕トンネルまでは良かったが、石和右折を行き過ぎ山梨市駅通過でこれは行き過ぎ、勝沼目指し方向転換はかり迷走開始も独りで幸い。
笹子旧道迂回の時間など全く無くなり4時18分トンネル抜ける。自宅まで2時間半大垂水峠を明るいうちに越えねばと急ぐ。梁川駅前5時のチャイム大音響はなんじゃ、上野原坂途中で5時18分笹子からジャスト1時間経過。相模湖畔からの上りに備え吉野コンビニでアイスクリーム食べ、最後の峠も末脚確り走り切り頂上ダッシュ32km/hは上々、自宅到着6時半本日走行240km、2日間リセット忘れで走行時間エラー。倉庫に格納した愛車に熱き感謝の言葉を添える。
シャワー浴びあれこれ食べまくりマッサージ院、揉まれる足の筋肉はっているを自覚、いつもの日曜と大違い、もまれる痛みに耐えるが大変だった。
体重56.4kg。体脂肪8.4%全く減って無いね、どうして。
勝手に走ったロングラン初日。
2007.07.01
一泊二日月末の昨日出発、月初めの本日帰宅総距離400km走ってきたよ~。勝手に走ろうは本当に気ままで、皆でお揃いとは別の楽しみあっておもろいで、これから月一ぐらいやってみようかと思ってる。土曜日早起き成功5時じゃよ。長距離走るのでうどんではなく、朝めし珍しく玉子丼。昔は前日晩飯ステーキで当日は粗食だったが、この頃お歳の故か肉食減ったなあ。ドイツの娘が哺乳類が哺乳類食べてどうするって、ベジタリアンレストラン経営してるからその影響でもないが、あれ、俺っちの分身みたいな奴なので共鳴するわな。
朝早いので空いてると思ったR299、正丸まで大型車、ダンプ多く道路中央線に設置のジャマン棒あり、左端ぎりぎり走っても大型車では追い抜けないようで気の毒、歩道は道悪く走る気になれない、車道から自転車排除が埼玉行政真の狙いか。正丸峠の旧道は寂れ路面も悪く、今回299にこだわったが名栗山伏越えが正解だった。
通れないと思った十国峠が通行できたので、ラッキーとそのまま299にGO!。ところが最初の予定では塩の沢トンネル抜けるつもりだったので、下ってから食事と考えてたので上野村売店をパス、これが致命傷となり十国峠で軽いハンガーノック症状、途中で出会いピットインした監督に追い抜かれ、頂上でお迎えされる醜態には参った。
下りに入っても自販機すら全く無く30km程の間何にも無し、頂上での一口飲んだ清水だけで元気回復したが、スニッカー持つべきだったな。国道141へ出てから遅い昼飯、ホテル手前で迷走も無事到着は160km。
夕食顔合わせで総勢7人の侍は監督誠三、クライマー伊藤、Time新撰組、ロングマン小林、青LOOKと黒LOOKの新人高橋と深谷(問屋と違うぜ無職だって)と爺。別宿にアンバランス伊藤とはんちょう、青の甲斐勢2名滞在で今回密議賛同者計十名だった。
独房のような部屋だがここの食事は廉価でうま~い。大殿配慮か自転車は別部屋に収監、愛車が安眠でき保護者も安眠で有難かったな。