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1/27 2020二刀流初年度始まる

2020.01.27
 天然うなぎ食べる旅に誘われ週末の24~5日、レンタカーで四国内陸走り回って四万十市中村で、天然うなぎのうな重食べ目的達成、昨夜新幹線で満足して帰宅したら、本日あいにく天気思わしく無く我が家で寛いでます。

天気回復次第Eバイクに乗車して、宿泊先を決めないで走る新し試みで2020年度は、サイクリングを楽しんでみようかと考えております。全県走破の目標には変わりないので、とりあえず毎月1県を1週間内で走行終え、帰宅する繰り返しを続けるので、昨年度で完了した各県10県を除くと残り38で、あと3年2ヶ月88歳少々前に達成となるので、その後はピンポイントで、印象に残った場所に向かう予定でいる。

更にEバイクと二刀流になったので、Eバイクでなければ無理なコースも走れるので、楽しみ方の多様化が可能でほんとに有難い。クロカンで体力消耗しやっと走れた傾斜面でも、楽々走行できる快適さには別世界を感じる。70年を凌駕するサイクリング生活で、Eバイクと出会えたことには感謝感激、これで100歳の消滅目標まで何の苦労もせず走れるわい。

特別サイクリングスタイルにならずに、ごく普通の着衣のままで走れるのも気楽、輪行には不向きだが別な楽しみ追求で、今年はEバイクと付き合ってゆく初年度になるかと思う。

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1/20 積雪和田峠越え

2020.01.20
東京都の外れに位置する俺っちが生まれ育った、郷里の八王子市内昨夜の積雪ごくわずか、Eバイクに乗車家出た10時過ぎには皆無、本日は坂が楽しめるEバイクを選択したので、行き先は迷う事なく陣馬街道r521和田峠700m越え、藤野からR20相模湖、大垂水峠越える約50km少々の周回コース。

戦災で我が家焼失後一時移住してた諏訪町から、河原宿、夕やけ小焼けと走行続けると、次第に積雪路面となり陣馬下バス停から、登山路になると路面積雪が次第に厚くなり、何度もハンドル取られ足着く苦走となるも、昔取った杵柄は今も衰えず、好奇心旺盛で少年時代からの冒険大好きは、爺になっても変わらずで感心させられた。

途中で出会った山歩き70歳のご老体、自転車走行の俺っち眺めびっくり、暫く立ち話交わし俺っち84歳には驚嘆、くれぐれもお大事にと見送ってくれた。高幡不動の方で藤野から徒歩登山中、今度どこかでお会いしましょうには嬉しくなっちゃったね。

頂上まで600m標識からが特に難儀させられたが、頂上越えた下りは大変だったのは、頂上直後だけでその後は路面に積雪無く?何の苦も無くR20藤野まで走行でき有難かったけど、不思議な現象ってあるものだね。

相模湖駅前の喫茶相模で昼食ナポリタン食べ、大垂水峠398mもEバイクの威力発揮して、あっという間にクリア心地よい疲労感で帰宅。ロードバイクとEバイクとの二刀流の2020年、超お勧めの別世界が開ける予感、楽々で楽しくなる気配濃厚だよ。

登坂20km/hの世界は最高だぜ、ロードレーサーでは全く敵わんわ。
 追記 日時間違ってたので訂正しました申し訳ない。

1/15 新年度最初のソロランの旅

2020.01.15
本日から今年初の旅スタートで、まず最初隣県の埼玉県内4泊から、初日の宿泊地は西川口駅前ステーションH¥6800.コースはPCルートラボが示す最短距離で44km、裏道でも大通り優先でも47〜8kmなので、のんびり走る何時もの走りでも3時間もあれば大丈夫だな、あいにくの天気模様が芳しくなく、雨は大丈夫そうだが晴れ間は望めぬ曇天だなと、カーテン越しにお外を眺める。

昼頃に出ればよかろうと出発準備は、替えズボン、下着類を優れものORTLIEBバッグに詰めこむ、今回初めてCO2ボンベも携帯、自転車にBAG取り付けで表に出ると、なんじゃ小雨が降ってるじゃん、瞬間軟弱爺さん弱気になり輪行が脳内巡る。

準備万端全て整い11時過ぎ窓を開け、再度表を眺めると雨止んでおり天空明るく、これなら大丈夫の感あり自走を決断。でそれでは出発只今13時続きは帰宅後報告いたします。では行ってきます・   


2020元旦初乗り

2020.01.01
昨年7月4日我が誕生日を迎え、日本全県サイクリングで走破する計画を立て、何かと思い入れ多い北海道から始まり、青森県、秋田県、山形県と北方3県を走行した後、山梨県と年末に千葉県を走って6道県を終えた。

日本全国は1都1道2府43県なので、残りは41都府県となるので、毎月1都府県の走行を完了すれば、あと3年5ヶ月で完了満88歳直前で達成するので、その後は印象に残る宿、場所をピンポイントで訪問と考えてる。

頂戴した年賀状の返信用に過日昔の同業仲間に、写真撮影を依頼し出来上がり次第返信の予定、元旦の本日はEバイクを駆使、うかい鳥山先の裏高尾登坂路を走行したが、道路崩壊しており山越えできず断念引き返した。クロカンで近場の山中遊びまわった頃の路面そのまま、補修も何もされておらずでは経年変化で、山道は簡単に崩壊してしまって当然よな。

1km程崩壊してる路面を自転車留め置き徒歩で登ったら、ガードレール残り比較的良好な路面になったので、次の機会に今度は逆方向から挑戦してみようと思いながら下山した。数十年前に通り抜けてる路面なので、凡その状況は記憶の奥に残ってるので楽しみ。

俺っちがEバイク留め置いた少し下方にオートバイが、一台停車されてたので同じ様な輩が居るもんだね。10歳年下の昔の自転車仲間、十数年ぶりの来訪受け自転車には乗ってない彼、野菜をメインの1日1膳生活を過ごしてる、顔の肌色良く体調もすこぶる良いと聞き、俺っちも真似して1日1食やってみようと即実行、彼は毎日朝食のみと言うので、俺っちはとりあえず夕食のみで真似てみようと決めた。

80歳をとうに過ぎたじいさんなのに、やることミーハーで笑ってくだされ。

84歳半で我が人生を振り返る

2019.12.30
あと2日で新しい年2020年を迎え、S10西暦で1935年7月4日八王子生まれの俺っち、新年で丁度満84歳半になる。

第2次世界大戦中の物資が無い時代、親父が買ってくれた子供の2輪車が気に入り、以後自転車大好き人間となった少年期。戦争終結する直前8月1日の未明、人口75000人の我が市内はB29の編隊169機に空襲され、1558tの焼夷弾を投下されたが、これは1人当たり10本の焼夷弾が落とされたこと、ほぼ全市域が焼失してしまい我が家も同じく、よくぞ無事生き残ったものよが実感。手先器用な親父がすぐ焼け跡に掘建小屋建て、親父と共に住むことに相成ったが、母と弟妹達は祖母の故郷元八王子村に移住となった。

続いて8月6日広島、8月9日長崎と相次ぎ原子爆弾が投下され終戦、食べ盛りの少学4年生で食べ物無く、育ち盛りの少年期に飢えてたので、俺っち世代皆んな仲良くチッビッコよ。

青年期日本民族に活気をで目指した宗教、教育の現場が目標と僧侶と教師を目指して、高校飛ばして立正大学に入学するも、学友寺院子弟の無気力さに嫌気、宗教なんて無用と判断し教師一本縛り、憧れ北海道の教員試験は合格するも、縁故伝手が皆無で名簿有効期間1年はあっという間に去り、折から東京オリンピック開催決まり、八王子市内が自転車競技の会場に決まり、地元から代表選手選出の機運盛り上がり、地元関係者の熱い思いを実現させてやれと燃え、地元で組織したクラブから2名、オリンピック選手を誕生させて目的達成。

大学卒業後開業し順調だった写真現像所、モノクロ写真がカラー写真時代になってくると、俺っち工房ではカラー写真の処理ができず、工房のカラー化には膨大な資金が必要で無理、で思いついた仕事が大好きな自転車の販売、と言っても普通自転車は扱わずスポーツ用に特化、スポーツ自転車専門店の開祖となり、自転車修理もできず走るだけだったのに、なるしまフレンドを知名度日本一の自転車屋にしたのは、限りない情熱の為せる技と考えている。

ただただ夢中で突進すれば道は必ず、開かれるのではと俺っちは考えている。何事も情熱待って取り組むことが何よりと思う。俺っちはもう年老いたのでなり代わり、頑張って下され続く世代の人々よ!
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